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雲一つない晴天。
前日、大雪が降ったくせに、今日はびっくりするほど晴れている。
ああ、少し歩いただけで足がびしょびしょだ。
なんだってこんな日に外で打ち合わせなんだ。
僕はノタノタとおぼつかない足取りで編集者との待ち合わせ場所に向かう。
「ん?」
前方に見知った姿を確認し、歩みを止める。
あれは
「あ!露伴せーんせー!」
高校生になりながら、大雪ではしゃぐ、都会から来た女の子。名前。
今日はそうか、日曜日か。
にしても近所の子どもですら外に出てきてないのになんでこいつは嬉しそうに一人で雪だるまをこさえてるんだ。
「露伴先生お仕事ですか?」
「ああ、君は見たところ馬鹿みたいにはしゃぎながら雪だるま制作かい?」
「これも雪の日の立派なお仕事ですよ!」
「ご苦労なことだな」
名前。
噂では、この無邪気さや純朴さがどうにも都会に合わず、祖父母の住むこちらに越してきたと聞いている。
ああ、確かにこいつは化粧とかおしゃれとかそういうのには目もくれずに近所の子どもとよく遊んでいる。
子ども以上にいい笑顔を振りまきながら、懐っこく“露伴先生”と僕を呼ぶ。
僕が有名漫画家だと知った時も“めっちゃ絵上手いですよね!”とすっとんきょんな感想をくれたこともある。
ただ、目が離せない。
彼女が起こす行動は良い意味で期待を裏切り続けたし、結果、僕は気が付けば彼女を目で追うようになっていた。
“そういう気持ち”かどうかはわからないが、他人に話せばきっと肯定される。
「露伴先生漫画家なのに今日はお外で仕事ですか?」
雪だるま制作作業の手は緩めず、名前は僕に質問してきた。
「ああ、今日は打ち合わせだ」
「かっこいー!」
“打ち合わせ!”と、名前は無邪気に笑った。
まったく、無邪気すぎて困るよ。
ため息をついたとき、僕はあることに気付いた。
「ちょっと待て、君、指が真っ赤じゃあないか。手袋はどうした?」
「え、ないですけど…」
「馬鹿なのか」
真っ赤になった綺麗な指先。
白い手の甲とは裏腹に、指先だけ朱に染め上げたようだった。
思わず手を引き、彼女の両手を自分の両手で包み込む。
「…冷たすぎやしないか」
「そうですかね?」
「そう思わないのなら相当指先はキているぞ。さっさと暖めろ」
「うーん…」
ああ、このまま家に連れ帰ってさっさと暖めてやりたい。
僕の手の温度だって限界があるし、温かいココアでもいれてやって、くだらない話をして過ごしたい。
「あ、あの、露伴先生…」
「ん?」
「はず、恥ずかしいです…」
「、あ、す、すまない…」
「いえ…」
僕は行き場を失った手を、左はポケット、右手は頭にやった。
“恥ずかしい”なんて面と向かって言われると、こっちも変な気分になるじゃあないか。
「ろ、露伴先生お仕事じゃないんですか?お時間大丈夫です?」
「ん?ああ…そろそろ行かないとな」
時計に目をやれば、それなりに約束の時間が迫っていた。
なんでこんな日に仕事の打ち合わせがあるんだ。
頭を掻く手に力が入る。
こんなことで苛立つなんて…
「露伴先生っそんなにぐしゃぐしゃしたらダメですよっ」
少し背伸びをして僕の髪の毛を手櫛で整える。
ふんわりと優しい香りが鼻をくすぐり、またもや行き場を失った僕の右手は宙を舞う。
どうする?
名前の背中に腕を回すか?頭を撫ぜる手を握るか?
「ほら、やっぱりサラサラ髪の露伴先生の方がかっこいいです!」
ああ、可愛い。なんだこいつは。
「うぁ!?」
僕から離れようと1歩足を引いた名前は、雪に埋もれた段差に気付かずバランスを崩した。
“危ない!”と叫ぶより早く、僕の右手は彼女を引き寄せ、腕の中に収めていた。
ちょうど彼女の柔らかい髪が僕の鼻をくすぐり、柔らかい香りを放つ。
腕から彼女を離すことなく、“大丈夫か?”と声をかける。
名前は、まるで赤ベコのように頭を縦に振ったが、それもまた可愛らしい。
名残惜しいけれど、そろそろ行かなくちゃあならない。
ゆっくりと腕から解放してやれば、俯いてこっちを見やしない。
“それじゃあな”と言えば、また、こくりと小さく頷いた。
言葉をどこかに落としてきたのか?
その時、ポケットの携帯が着信を告げた。
こんな雪道で歩きながら電話はしたくないので、その場で電話を取る。
「もしもし…え?」
電話の主は今日会う担当者だった。
酷く焦った様子で“電車が止まっていてそちらに行けないので今日の打ち合わせは別日にしてほしい”、そう言った。
「…名前」
「は、はひっ」
すでに雪だるま作りを再開していた彼女の名前を呼ぶとひどく肩を震わせて振り向いた。
取って食うわけじゃあないんだからもう少しマシな反応がほしいものだな。
「君は雪だるまを作る以外に今日の予定はあるか?」
「え、いえ、ありませんけど…」
「じゃあ決まりだ。今から僕の家に来い」
「え!?お仕事は?」
「担当者が電車が動かなくて来れなくなったらしい。いいから僕の家に行くぞ」
「えぇ…雪だるま…」
「…僕の家の庭先で一緒に作ろう」
「!」
「いいだろ?ああ、それとその様子をデッサンさせてくれよ。でも、ちゃんと手袋はしろよ」
「はーい!」
無邪気に喜ぶのはいいことだが、転ばれてはたまらない。
手を差し伸べれば、少し驚いた顔をしたものの、おずおずと手を握り返してくれた。
そのまま冷たい手を僕のポケットに一緒に連れ込む。
「露伴せんせ…」
「なんだよ」
「手、あったかいね」
「…そうだな」
あまりに幸せそうに笑うので、僕は気の利いた言葉も言えず、家を目指した。
結局、家について早々彼女の雪だるま制作に巻き込まれてしまい、デッサンどころではなかったのだけれど、懸命に作っていた雪だるまが完成した時に“露伴先生モチーフです!”と笑顔が見れたのでよかったとしよう。
「ん?どうした?僕の顔なんかじっとみて…ああ、わかったお菓子だな?待ってろ、今美味しいクッキーを」
「いえ、やっぱり本物の露伴先生のがかっこいいなって思って見てました!」
「!?、あ、当たり前、だろ」
氷砂糖の誘惑
(ココアでいいか?夕飯は何がいい?泊まっていくか?)
(ろ、露伴先生どうしたんです?)