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「ナマエ、明日モーニングに行かない?」

そう誘ってきたのはペッシだった。
ナマエがラウンジでいつものように雑誌を読んでいた時、まるで決心したように声をかけてきたのだ。
ナマエの隣にはイルーゾォがいたがイルーゾォも驚いた表情をしていた。

「ど、どうかな?」

「私はかまいませんが…」

「じゃ、じゃあそのあと、その釣りにでもいかない?」

「釣りですか?私、釣りはしたことないのですが教えていただけます?」

「もち、もちろんだよ」

「ではご一緒します。他の皆さんは誘いますか?」

「え、あー…」

ペッシが言葉を詰まらす。しかし、そこで声を発したのはイルーゾォだった。

「明日はペッシ以外皆仕事なんだよ、だからマンモーニなペッシはナマエと一緒に出掛けたいんだと」

「ちょ、イルーゾォ!?」

「そうなんですね、じゃあ明日は二人でおでかけですね」

“よろしく、ペッシくん”なんて言いながらナマエは微笑んだ。




















無論、これには裏がある。
ナマエがここにきてもうすぐで1か月を迎えようとしていた。
月日の流れは早い。
毎日美味しいごはんを作ってくれるナマエは暗殺チームによって女神より天使よりかけがえのないものとなりつつあった。

そんな彼女の歓迎会をしよう、と誰が言い出したともないがそういう企画が上がったのだ。

まず、歓迎会をするにはナマエに気付かれちゃあならない。
外に出す必要がある。
じゃあ誰が付き添う?という話になり、もちろん全員が全員自分が!と立候補したが、メンバーがメンバーなだけに戻ってこなさそうなやつもいる。
故に、話し合いの結果、ペッシという下っ端でありナマエの弟的存在の彼に白羽の矢が立ったのだ。
外に連れ出し、1日過ごす、最高の任務だがペッシには荷が重かった。
どうやって外に連れ出そうか、1日ナマエを楽しませれるのか。
悩んだ末、美味しいモーニングを提供する店からの釣りという普通の女子ならそこまで魅力のないデートを提案したのだ。
イルーゾォもさすがにモーニング誘うとかないだろ、と驚いたのだが…

まあナマエは“普通ではない”ので楽しみだと笑顔で了承した。


第一の関門クリアである。














翌朝、すでにほとんどのメンバーがアパルトメントを後にしていた。

「ナマエおはよぉ〜」

「おう、はよ」

ラウンジにはギアッチョとメローネがいた。
メローネは眠そうにしていたが(彼は大抵起きるのが遅い)すでに服を着替えていたのでもう出かける前だということが分かった。


「二人ともおはようございます、今日はみなさん早いんですね。本当に朝ごはんは準備しなくてよかったのでしょうか?」

「いいんだよ、俺たちもそろそろ出るからナマエたちも行っておいで」

「せーぜー、そのマンモーニの世話を頑張ることだな」

二人からそれぞれ“いってらっしゃい”の言葉を受け、ナマエとペッシは街へ繰り出した。










とあるカフェ。


「美味しいですね、ペッシくん!こんな美味しいモーニングがあるとは…」

「ここはフレンチトーストが最高なんだ、気に入ってもらえてよかった」

「美味しいです!いやあ、私も精進しなければ、ですね」

幸せそうに頬張る姿を見て、ペッシは胸を撫で下ろした。
朝食を食べ終え、そのままの足で近場の釣り場へ向かう。
釣り具をレンタルし、二人で釣りを楽しんだ。
キャッチアンドリリースが基本の釣り場なので、釣っては逃がし、釣っては逃がし、はじめての釣りを楽しんだ。
意外というか、スタンドの影響もありペッシは釣りが非常にうまく、餌を付けたり、絡まった糸をさっさと外したり、ちょっとだけ頼れる面も見せた。
それをナマエに褒められ、簡易椅子から転げ落ちたのは言うまでもない。
















昼過ぎ、近場のリストレンテへ足を運んだ。
おかっぱ頭の男性を中心としたカタギではなさそうなグループはいたが、数組の客で賑わっていた。
別段混んでいるわけでもないので、空いている席に腰を下ろし、軽食を注文し届くのを待つ。



その時だった。
一人の男が入ってきた。
背筋に何か冷たいものを感じ、ナマエは立ち上がった。

そして


「「皆、伏せろ!!!!」」

ナマエと、もう一人男性の声が重なった。
何事か、と騒然となる室内に銃声が響き、客たちは悲鳴を上げながら急いで机の下へもぐる。


何を言っているか、いや、喚いているかわからない男。おそらく麻薬中毒者だろう。
持ってきた銃を乱射している。

「ペッシくん、怪我はないですか?」

「う、うん」

「よかった…、さて…」

ナマエが黒い羽根から銃を作った。

「テーザー銃ですよ、使ったことはありますか?」

ナマエの問いかけにペッシは首を横に振った。
その様子に、ナマエは小さく笑った。


「わかりました」

銃声が響く中ナマエは立ち上がった。
そして、静かに銃を構える。


その時だった。


「な…っ」



虚ろな目で銃を乱射する男の背後に大きなジッパーが現れ、そこからおかっぱ頭の男が現れた。
その男が銃を乱射する男をとらえる。


「今だ」

おかっぱの男が静かに言った言葉は、おそらくナマエに向けたものだろう。

「グラッツェ」

標的を動かないよう固定してくれたおかっぱの男性に礼を言うとそのまま引き金を引いた。
麻薬中毒者であろう乱射男はその場に崩れ落ちた。


「もう大丈夫だ」


おかっぱの男がそういうと隠れていた客は頭を上げた。


「ああ、ありがとうブチャラティ、君がいて助かったよ」

初老の男性が男に礼を言う。


「いや、俺はこの男を抑えただけだ。彼女がテーザー銃で仕留めたのさ」

そういっておかっぱの…ブチャラティがナマエを示す。


「イタリアって結構怖いと聞いていたので…護身用のつもりだったんですけどね」

しれっと嘯く。

「自分どころかレストランの客全員を守ったようだな、ありがとう。礼を言うよ」

「貴方があの男を抑えてくれたのが一番の勝因ですよ」

ナマエは微笑む。

「でも驚いた。よくあの男がおかしいとわかったな」

それは、最初の“皆、伏せろ!”を言っているのだろう。
ナマエは困ったように笑った。

「私、昔から変人に会う機会が悲しくも多くて、そういう危険察知能力だけぐんを抜いて高いんですよね」

「そうか。まあ、君にも皆にも怪我がないようだからよかったよ。旅行客か?」

「うーん、そんな感じですね。ちょっと長めに滞在予定ですけど」

「イタリアは日本と違って危険だ、長期滞在するなら気を付けるに越したことはない。よかったら名前を教えてくれるか?」

「あなたは?」

「これは失敬。俺はブローノ・ブチャラティ」

「ブチャラティさん。私はナマエです」

「ナマエか。いい名前だ。俺たちはこのあたりに大体いる、何か困ったことがあれば声をかけてくれればいい」

「わかりました、えっと…」

ブチャラティの後ろには4人の男。

「右から、アバッキオ、ナランチャ、フーゴ、ミスタだ」

「おいブチャラティ!なんで俺を4番目に紹介するんだよ!?」

「立っていた位置が悪い」

「ちくしょー!」

「賑やかな方たちですね、何かあればよろしくお願いします。こんなことになってしまったので私は別のところで食事にしますね」

「よかったら一緒に食べるか?」

「アバッキオさん、ですよね?すみません、連れがいるので今回は遠慮いたします。また機会ありましたらよろしくお願いします」

軽く頭を下げ、ペッシに駆け寄る。

「行きましょうか」

「あ、う、うん」

二人はそそくさと店を後にした。











「おいおい、あんな可愛い子の連れがあれってどうなんだよ!?」

「僕の方が絶対顔いいですよね?つまり僕の方がお似合いですよね?」

「何言ってんだよフーゴ、年齢的にはこのナランチャ様が一番お似合いだろ!」

「うるせぇよ。あれなら俺かブチャラティが一番ふさわしいだろ」

「俺を立ててるようでしれっと自分を推してくるあたりがお前らしいなアバッキオ」


去りゆく二人に思い思いの感想を述べながらその背中を見送った。






















「ペッシくん」

アパルトメントからほど近い、静かなカフェに二人はいた。
サンドウィッチを頬張るペッシにナマエは静かに語りかけた。


「どうか今日のことは皆さんには黙っていてください」

「え?」

ナマエの目が悲しく光った。

「どうしようもないのでしょうね、こういう運命なんです。このことは私の口から話すべきとわかっているので、どうかお願いします」

ナマエは半ばうなだれるようにペッシに頭を下げ、ペッシは焦りそれを受け入れた。


















アパルトメントに帰るとそこは可愛らしく飾り付けのされた空間になっていた。
これをこの屈強な男たちがやったと思うと笑えてくるがそれが事実なのである。

飾り付けや料理は手分けして皆がした。

ナマエはあれよあれよと輪の中心に置かれ、椅子に座らされる。




『ようこそ、俺たちのチームヘ』



皆が声をそろえて叫んだ。
メローネが代表するようにナマエに歩み寄り、大きな箱渡した。


「俺のセレクトな」

ナマエにだけ聞こえるように囁くメローネにナマエは笑みをこぼす。


「開けても?」

「もちろん」


大きな箱から出てきたのは大きな兎のぬいぐるみだった。
蝶ネクタイとベストを着て、小さなハットを被った紳士的なうさぎ。

「かわ、かわいい〜〜〜〜!!!!」


ナマエは思い切り抱きしめる。
ふわふわのぬいぐるみに顔を埋めてナマエは歓喜した。

「ちなみに、この兎のベストはリバーシブルでな…」

メローネが器用にベストを脱がせ、裏返すとそこには


「俺たちの名前が刺繍してある」

リゾットから始まり、皆がそれぞれ好きなカラーで自分の名前を刺繍していた。
ナマエは思わず目を瞠る。

「これ…」

「俺たちさ、結構仕事でアパルトメント空けることもあるし、仕事柄怪我や危険がつきものだから心配させるかもって思ってね、大きなぬいぐるみに俺たちの名前、これならナマエもさみしくないでしょ?」

「さみしく、ない…」

「うん、」




“ナマエは寂しがり屋だからね”



メローネは笑った。

「こいつがよ、お前が寂しくならないもんを選ぶって聞かなくてしょ〜がねぇ〜から同意したんだが…喜んでるみたいでよかったぜ」

「ナマエのどこをどう見て寂しがりって思ったのかわからないが、まあ結果オーライだな」

ホルマジオとイルーゾォが笑う。

「寂しいならぬいぐるみより俺を呼べよ。いつでも飛んできてやるからよ」

「兄貴の言う通りだぜ!俺たちはちゃんとナマエのそばにいるからな」

プロシュートの愛の告白もペッシの空気読まない発言で霞んでしまう。

「俺たち、まだナマエと会って日が浅いけど、喜んでもらえてよかったぜ、なあジェラート?」

「そうだな、ソルベ!」

相変わらず仲のいい二人。

「ったくよぉ〜なんでこんなもんで喜ぶんだっつの?まあど〜でもいいけどなァ?」

そういいながらぐしゃりとナマエの頭を撫でるギアッチョ。


「やっぱり俺のセンスに狂いはなかったみたいでよかった。ナマエは寂しいと死んじゃううさぎさんだからね?俺たちが、俺がちゃんとそばにいるから安心して泣きたいときは泣いていいんだよ?」

メローネは優しく微笑んだ。

そして

「お前をこのチームに誘ったのは正解だったと日々思い知らされる。ありがとうナマエ、さあ冷めないうちに食事にしよう」



リゾットの一声でナマエは盛大に泣き出した。


『嬉しい』『幸せ』『ありがとう』

思いつく限りの感謝の言葉を述べながら、えぐえぐと泣き出した。
ここまで泣くとは誰も予想していなかったので一番近くにいたメローネがまるで子どもをあやすようにナマエを抱きしめた。


「大丈夫、もう1人じゃないよ」

「めろ、ね…」

「俺は何も知らないけど、なんだかわかるんだ」

「いつまで抱きしめてるんだ離れろ」

メローネを剥がし、そのままナマエを腕に収めたのはプロシュート。
ペッシは、あわあわと顔を赤くして様子を見守る。

「ぷろしゅ…」

「ああ、綺麗な顔だから泣いてもいいかんじだな?でもやっぱお前には笑顔がッ!?」

後ろからどつかれバランスを崩したプロシュートはそのままナマエを手放す。


ど突いたは他でもないメローネなのだが、ナマエはその反動でぽふり、とギアッチョの腕に収まった。


(嗚呼、めんどくせぇ)

ナマエが腕の中にいること自体はまったくもって問題なし、寧ろ歓迎する事柄なのだが状況が状況だ。

生ハムとメロンがいがみ合いをしていたのにその矛先が自分に向くので心底嫌そうにため息をついた。

「ぎあっちょ?」

「ああ、気にすんな。ほらよ」

矛先がこちらに向いたと同時にナマエをリーダーに預ける。
このチームの一番上の人物だ。
さすがにどうこう文句を言える相手じゃあない。

「リゾットさん、あの泣いてごめんなさい、つい嬉しくて…ご飯冷めちゃいますよね、食べてもいいです?」

「もちろんだ、一緒に食べよう。お前達、行くぞ」

鶴の一声とはまさにこのこと。

各々がナマエのためにと得意料理を作った食卓は輝いていた。
ナマエは1つ1つ味わいながら幸せそうな笑みを溢し、皆に礼を言った。





「本当に幸せです。やっと、心からの居場所ができました」





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