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ナマエがやってきて1週間が過ぎた。
皆がリゾットのことは“リーダー”と呼ぶので、彼はさん付け、他のメンバーは呼び捨てで会話が出来るまで打ち解けた。

といってもナマエに関しての過保護具合で言えばナンバーワンがリゾットだった。
料理人ということで大丈夫だと目を離したときに、何の拍子かナマエが指先を切ったのだ。
ダズル・ウィングですぐに治したし、何よりほんの小さな傷だった。
しかしリゾットはひどく焦り、それからというもの時間さえあれば、ラウンジ奥の事務所ではなく、キッチンのすぐ横、ダイニングテーブルで仕事をするようになった。
ナマエはさして気にすることもなく、誰かが傍にいるって嬉しいですね、と暢気なことを言っていた。
ただ、彼はナマエと二人きりでいるとどうも仕事が進まない。
気が付けば彼女を見つめ、目を細め、その嬉しそうに料理する様を逃すまいと脳裏に、心に焼き付けていた。
これは親心に似たソレなのか?それともまた別の愛といわれるそれなのか?
気持ちの名前はまだ知らない。


ホルマジオは、自分でも知能派とのたまうだけあって、ナマエの持っている知識に関しては貪欲だった。
特に日本の言語、独特の言い回しなどがツボらしく、よくこれは?あれは?と質問してきた。
イルーゾォはまるで妹が出来たような扱いだった。
割と料理は嫌いなほうではなかったイルーゾォは教えてもらうのではなく、あくまで自分の手作りを食べてもらいナマエの喜ぶ姿を見るのが何よりもの楽しみになっていた。
ここ数日はホルマジオと一緒によく本屋へ行き、レシピ本やナマエの好きそうな本を買ってきては彼女に与えていた。
(ホルマジオは日本の本を買うためによく行っていた)

ペッシはとにかく純粋にナマエが好きだった。
見た目は妹なのに、時折見せる表情はやっぱり年上で、そういった不思議な矛盾がどうしようもなく大好きだった。
その気持ちは恋より憧れに近かった。
そしてナマエもまるで弟と接するように彼のことは“ペッシくん”と愛称をつけて呼んでいた。

プロシュートはというと完全に振り切ったように隙あらば、実に紳士的にギャング的にナマエに言い寄っていた。
ナンパとは違う、なんというか硬派な言い寄り方にチーム一同は唖然としたが、当のナマエはそういうことにはいまいち鈍感で“可愛い”と褒めれば“今日の夕飯、何かどうしても食べたいものがあるんですか?”と聞いてきた。
いつもなら女なんて簡単に落ちる、と思っているプロシュートもナマエという例外を目の前にしてだいぶ苦戦していた。
ただ、こういう(ナマエは無意識だが)攻防戦は俄然やる気が出るらしく、今日せっせと彼女に声をかけていた。


ギアッチョはとても口が悪い。
口が悪く威圧的で女なら近づきたくないメンバーNO1だというのに、何故だかどうしてナマエは懐いていた。
聞けば“眼鏡が好き”らしい。そして天然パーマ。
彼女の母親が眼鏡をかけたゆるい天然パーマだったらしくどうしても重ねてしまうという。
ギアッチョは口では嫌がるがナマエが“頭ー”と言えばしゃがんでその頭を存分に撫でさせてやってるのでこいつも相当毒されているのはたしかだ。


そして、紳士的でもなければギャング的でもない。猪突猛進、本能の赴くままにナマエに文字通りの突進をかましているのが、他の追随を許さないメローネである。
メローネはとにかく“ナマエ大好き”が滲み、いや、あふれ出ていた。
隙あらばナマエに抱きつくし、まるで猫のように頬ずりをしたりした。
彼女自身は気にする様子もなく“メローネは髭が薄くて助かります”なんて、じょりじょりの不快感がないことを喜んでいた。
だが、一同が1つ疑問なことがある。
それはメローネが全力で愛情表現をしていても、そのまま性行為に移らないことだ。
メローネは、わかりやすくそういうことが好きだ。
女を身体的にイジメ抜くのが好きだし、男の相手も出来るという噂もある。
しかし、ナマエに対してはまるで飼い猫を愛するかのように、全力で愛のみを注ぎ、それ以上の欲求をしなかった。

不思議に思ったギアッチョがなんとなくその疑問を口にした時、メローネは少しさみしそうに答えた。

“ナマエはそういうことしたら壊れるから、今はその時じゃあない”

ギアッチョはわけがわからないと顔を顰めたが、メローネはわかってるのは自分だけでいいんだ、と笑っていた。
メローネなりに考えがあるのかもしれないし、ただの思いつきかもしれない。



















さて、そんなナマエを過保護に愛する暗殺チームは、あと2人の仲間がいる。
一部では“できてるんじゃあないか”とも噂されるソルベとジェラートだ。
今日は、2人がアジトにしているアパルトメントに来る日。
いつになくナマエはそわそわと体を揺らしていた。

「あーもう揺れるなうぜぇ」

「だって!だってギアッチョ!なんだかそわそわしてしまうんです!嬉しくて!」

「そーかよ。おめーが揺れるからゲームしにくいだろーが」

「何のゲームです?」

「格ゲー」

「日本の?」

「そ」

「私もさせてくださいー」

「できんのかよ?」

「教えてください」

「そっからかよ」

ラウンジでまったりとした時間をギアッチョと過ごしていた。
彼は口は悪いが面倒見がいい。
事務所にはリゾットこそいるが、他のメンバーは出払っていた。

「そういえばソルベさんとジェラートさんは何がお好きなんですか?お夕飯は食べていくとリゾットさんが言ってたので、せっかくなら好物をと……」

「あーなんだったかな……ああ、そうだ」

ギアッチョが彼らの好物を口にするとナマエは眉を顰めた。

「ギアッチョ、暇ですよね?」

「言いきるなオイ」

「買出し付き合ってくれますよね?」

「俺の拒否権奪ってんじゃねーよ」

どうやら彼らの好物を作るには材料がいくつか足りないらしく、ナマエはギアッチョに手伝いを願った。
事務所でなんとなく話を聞いていたリゾットが顔を出し、行ってこいと買出しを促す。


















そして


「ギアッチョ助かります〜」

「なんで俺が貴重な休日をてめーの買出しに費やさなきゃならねぇ〜んだぁ!?」

「えへへ、ごめんなさい」

「お前ホントに図太くなったよな」

「まあ、皆さん個性が強いですから図太くないと簡単にへし折られそうかな、とここ数日で学びました」

「そいつはいい学習したな」

「思ってないでしょ」

とりあえず、ギアッチョの車に乗り、近くのマルケットへと来た。
必要なものはもう頭の中のリストにあるらしく、迷わずそれらをカートへ入れる。

「ギアッチョは私の料理好きですか?」

「んだよ唐突に」

当たり前のようにカートを押しながらナマエの後ろを歩いていたギアッチョは藪から棒な質問に面食らう。

「聞いてみたくて」

「んー……まあ嫌いじゃねぇぜ」

「じゃあどれが一番好きですか?」

「どれ?あー……今まで食べた中だとあれだな。冷製スープ。かぼちゃの」

「甘いのお好きなんです?」

「いや、あんまり得意じゃねぇ。だがあのスープだけはすげーうまいと思った、ぞ」

あまりにも素直に褒めてしまったので、ギアッチョはバツが悪そうに目をそらした。
ナマエはというとその言葉に嬉しそうに彼へと駆け寄った。


「つまり!甘いのが苦手でも私の料理だと美味しい、と?」

「っせぇ!そう言ってんだろボケ!」

ガツンと頭突きを食らわせば、痛いと蹲る。
手加減はしてるし、これはナマエとギアッチョ間での愛情表現“照れ隠し”だ。

「ギアッチョはいつもいつも突然の頭突きを繰り出してくるのでどんどん馬鹿になる気がします……」

「本読んで教養つけろ」

「……善処します」

口を尖らせながら不機嫌を露にするナマエだったが、その手にはかぼちゃを持っていた。


「…特別にかぼちゃのスープつけてあげます。特別ですよ」

「…おう」

ギアッチョが戸惑ったように返事をすると、ナマエはいつものように溶けるような笑みを溢し

「安心してください!よそう時はギアッチョだけ多めによそいますからね!」

そう言った。



















アパルトメントに帰ると、すでにソルベとジェラートが来ていた。
相変わらずのゼロ距離にギアッチョはため息をつく。


「(これ見たらナマエ引くかな)」


なんとなく、玄関でちょうど帰ってきたペッシとしゃべっているナマエのことを思い出した。




と、まあギアッチョの心配虚しく、ナマエはすぐさまその仲の良さに順応した。
はじめまして、よろしくです〜、なんて暢気に挨拶を交わす。

「あ!今日はお二人が好きなものをあらかじめリサーチしておいたのでお夕飯は楽しみにしていてくださいね」

ナマエがそう微笑むとジェラートがおもむろに立ち上がった。

「ナマエって料理がすごく上手いんだろ?俺もいつも作ってんだけど…よかったら一緒に作らせてくれないか?」

“ソルベにもっと美味しいごはん食べさせたくて”と照れながらいうジェラートにナマエは二つ返事で了承した。

二人で台所に消え、時折談笑が聞こえてくる。


徐々にラウンジにメンバーが集まってきたころ、夕飯を知らせにジェラートがやってきた。
興奮気味にナマエはすごい!と褒めていたのでソルベはそれを落ち着かせるために背中をさすってやっていた。


そしてダイニングテーブルに並べられた料理は、ナマエが初めて皆に作った時と同様にとても豪勢なものだった。
ギアッチョが席に着くと、少し多めによそったかぼちゃの冷製スープを置いた。
気恥ずかしそうに“グラッツェ”と礼を言うギアッチョを見て、ナマエは笑顔で頷いた。

思った以上の料理の美味しさにソルベもジェラートも感動したので、今後は時々ご飯を作り来てほしいと願った。
ナマエも自分のごはんを食べてくれる人が増えるのは嬉しいです、と微笑みそれを了承した。



やっと9人全員と出会えた。
それはスタート地点にやっと立てた、ということだ。






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