main | ナノ
昨日の約束通り
「ナマエとデートだー!」
「俺もいるわボケェ!」
「複数人で出かけるっていいですねー!」
ギアッチョのスポーツカーに、助手席にナマエ、後ろ(狭い)にメローネが乗り込み、近場のショッピングセンターを目指した。
今日はナマエの服を見る日だ。
真っ黒の服しか持っていない、毎日がお葬式スタイルではさすがに駄目だろうとリーダーにも金を渡され、半ば任務のようだった。
「私、どういう服がいいかわかんないんですよね」
「大丈夫!ディ・モールトセクシーなの選ぼう!」
「ヴォケェ!!!!俺が選ぶ!!!!」
「はぁ!?ギアッチョのがスケベだろ!!!」
「誰がだァ!?」
「あはは」
車はずっと賑やかだった。
それはショッピングセンターについても変わらなかった。
ナマエのビジュアルはイタリア女性にはない魅力が備えられており、それはその土地の男性を誘惑するには十分すぎた。
声をかけたいと思った人間は多いだろう。しかしそれは願望で終わるのだ。
「見てんじゃねぇぞオラ」
目つきの悪いギアッチョが周りにガンを飛ばし
「ベネ。すごく似合うよ、これとかどうかな?ああ、これも可愛い」
マスクを外したメローネは中性的で、イタリア人の中でも群を抜いたイケメンだ。
そんな彼が、文字通り“べったり”ナマエにくっついているのだ。
しかも職業は暗殺者。
ただのショッピングだからといって隙を見せることはなかった。
ゆえに周りの男性陣はみな遠巻きにその様子を眺めるほかなかった。
当のナマエはというと、まさに“緊張”の表情だった。
周りのすべてがキラキラしているのでどこを見ればいいのかわからない、と言わんばりに床のタイルを数えていた。
「ナマエ〜具合悪いの?」
「え、あ、メローネ…ち、違うんです」
「お前の好きなブランドあるならそこ行くぜ?」
すでに二人の両手には大量の紙袋があった。
これもいい、あれもいい、と半ば競争するようにナマエの服を選んでは買ってきた結果だ。
「二人ともすみません…私、そのショッピングセンター初めてで…勝手がわからなくて…お手洗いどこですか…」
「飲もうか?」
「お前ホント死ねよ。こっから一番近いのはそこの角曲がって右手にある。行って来い」
「ごめんなさい〜」
ナマエは大急ぎでお手洗いに向かった。
「ねぇギアッチョ」
「なんだよ」
「はじめてだって、こういうとこ」
「…ああ」
「俺さ、俺もだいぶ狂った人生歩んできたけどよ」
「俺もだけどな」
「ナマエもなんかあんのかな」
「さあな」
「いつもならさ、聞けるのに…なんか、ナマエには聞けないんだよ。俺おかしいか?」
「…自分で考えろタコ」
「おまたせしました〜!」
ナマエがお手洗いから帰ると、次なる店を目指して歩き始めた。
そしてとうとう(皆の優しさに対して)堪忍袋の緒が切れたナマエが無理やり二人にジェラートをおごり、二人は渋々それにしたがった。
「美味しいですねぇ」
「ナマエは何味?」
「バニラです」
「俺はメロン、交換しよ〜」
「いいですよ〜」
お互いの食べかけのジェラートを舐める。
美味しい、なんて見つめあって笑っている様子を心底不愉快そうにギアッチョが見ていた。
「ギアッチョは何味ですか?」
「ミント」
「一口…って怒ります?」
「…好きなだけ食えばいいだろ」
ん、とジェラートを差し出せば、ナマエはそっと差し出された手に自分の手を重ね、美味しそうに舐めた。
ゾクッ
背筋に心地は良いが鋭い何かが走る。
そして
「あ、たれちゃった」
いつも敬語のナマエが思わずこぼした素の言葉と、ギアッチョの手に流れ落ちたジェラート。
それは考えたというより本能的な動きなのだろう。
ナマエはためらうことなくギアッチョの手に垂れたジェラートに舌を這わせた。
「っっっ〜〜〜〜!!!」
声にならない叫びをあげ、顔は火が噴き出そうなくらい真っ赤だった。
「あー!ずるい!俺も!俺もナマエ!!!」
「何がですか?」
「舐めるやつ!俺も!ほら!手に垂れた!!」
そういうが早いか、ギアッチョは急速にメローネのジェラートがこれ以上溶けないように冷やし、彼の手についたジェラートも目にもとまらぬ速さでふき取ってしまった。
「あ゛−−−!!!!???てめ、ギアッチョ!!!何すんだ!!!」
「うるせぇーーー!!!帰るぞオラァ!!!」
「???」
ナマエは何が何だかわからない、と頭に疑問符を浮かべながら、自分のジェラートを堪能しつつ、二人に続いた。
結局のところ、根本的な仲は良いのだろう。
車の中では、行きのようにギアッチョとメローネのくだらない言い争いにナマエが笑うという幸せな時間が訪れたのだから。
アパルトメントにつくと、すぐに迎えに出てきたのはイルーゾォだった。
やけにニコニコ笑っていて、ナマエ以外は“不気味だ”と感じた。
「おかえり、ナマエ。あと二人も。今日さ、本屋に行ったんだけどよぉ、これ」
それはスイーツの本だった。
簡単なレシピも書いてある。
「立ち読みしてたらよぉ、ここのこの、チーズタルトが妙に食べたくなっちまって作ったら意外にうまくいって、ナマエにも食べてほしくて待ってたんだ」
「イルーゾォさんが作ったんですか?」
「さん付けはいいよ。ナマエの飯ってすげぇ美味いから感化されてよぉ、あ、ナマエほどは上手くできてないとは思うけど」
「わーっ楽しみです!じゃあ私エスプレッソ淹れますね」
「ありがとな」
嬉しそうにラウンジ奥のキッチンに駆け込む。
「服、お前の部屋置いとくぞ」
「あああ、すみません!」
「気にしなくていいよ。イルーゾォ、一応聞くけど俺たちの分もあるんだろうな?」
「残念ながら全員分作ったよ。ナマエだけだと遠慮して食べないだろ」
「それもそうだな」
その言葉を聞いて、メローネ達は一度ナマエの部屋を目指した。
イルーゾォの作ったチーズタルトはなかなか美味しく、ナマエもとても喜んだ。
そしてあることに気付く。
「そういえばペッシくんがいませんね、プロシュートはお仕事ですけど」
「ああ、ペッシならプロシュートに呼び出されていったぜ〜」
ホルマジオが興味なさそうに返事をした。
「そうですか…あ、帰ってきましたね」
『え?』
一同の声が重なった時、玄関から“ただいま”と暢気な声が聞こえた。
ペッシはまだひよっ子だ。気配の消し方も下手だ。
それでも、一般人が気づかない程度には消せる。
なのにナマエは当たり前のように彼の帰宅を当てた。
確かにナマエ以外のメンバーもペッシの、そしてプロシュートの帰宅は感じていたが、ここ数日一緒に過ごしただけのナマエまでもがそれを察知したのだ。
ペッシがヘマをしたわけじゃあない。
ナマエの感覚が鋭すぎるのだ。
「おかえりなさい〜…え!?」
二人を玄関に迎えに行ったナマエが驚きの声をあげる。
リゾットが“どうした”と出ていけば、何とも言えない表情で立ち止まった。
「揃いも揃って、このチームは過保護が多いらしい」
リゾットの言葉通り、プロシュートとペッシの手には『女物』とわかるブランドのショッパーが大量にぶら下げられていた。
「あいつらに任せておけぇねからな」
そういってスタスタと階段に向かう。
「ちょ、え、プロシュート、あの、それは…」
「てめーの服だ」
「なんで、」
「うるせぇ。ここは礼を言って笑顔で済ませろ、レディだろ」
「あああありがとうございます」
「よし」
ペッシもプロシュートの後に続く。
「ど、どうしましょうリゾットさん…私、皆さんに洋服も…家具も沢山…ん?家具?」
ナマエは昨晩眠った自分の部屋を思い出す。
綺麗に白で統一された無駄の無い部屋だったが、ソファもベッドも、目に付く家具はすべて“新品”だった。
白いロココ調の見るからに高そうな。
「あの、もしかして家具って…」
「…俺が選んで買ってきたが…趣味ではなかったか?」
「ええええ!?!リ、リゾットさん!?なにからなにまですみません…あ」
ナマエは思いついたようにリゾットへ駆け寄った。
「あの、ちょっと屈んでいただけませんか?」
「?こうか?」
そういって屈むと、ナマエは背伸びをしてリゾットの頬にキスを
しようとした。
しかし、背伸びをしたせいで頬へキスをするとそのままでバランスを崩してしまった。
そして
ほんの一瞬、ほんの一瞬だけ
リゾットの唇とナマエのソレが触れ合った。
ナマエはこけるときに思わず目を瞑っていたので気づいていないようだったが、片手でしっかりナマエを抱きとめたリゾットは硬直していた。
ポーカーフェイスというかそういう類ではなく、驚きすぎて表情を無くした、とでも言うべきか。
「ああ、すみません、お礼のつもりが支えてもらっちゃって」
気づかないナマエは苦笑しながら体勢を整える。
「家具、とても気に入りました!あんなに素敵な部屋本当にありがとうございます!」
その声に我に返ったリゾットは、焦った様子で“気にするな、必要なものがあれば言え”そういって頭を優しく撫でるとラウンジへと戻った。
一方ナマエの部屋
「ああ!ここに昨晩はナマエが寝てたんだね!!!心なしかいい匂い!!!」
「てんめぇさっさと下行くぞオラ!!!」
「ヤだね!!!マーキングす・・・げぇ!?プロシュート!?と、ペッシ」
「お前らも大量に服買ったみてぇだな。俺のセンスには負けるけど」
「あ゛?もっぺん言ってみろや」
「何度でも言ってやるよ、センスねぇ「なかなか来ないと思ったら!!!喧嘩はダメって昨日言ったばっかですよ!?あとメローネベッドぐちゃくちゃにしないでください!!」
ペッシはさておき、ナマエに怒られて思い思いに反省する3人であった。