「おい、そこのお嬢ちゃん」 頭上から声を掛けられた妙は、かすかに眉を顰めて声の主を見上げた。 最近は塀の上から声をかけるのが流行っているとでもいうのだろうか。 草履でも投げてやろうかしらと思案している妙に、月光のように鈍く輝く髪の不精髭の男が、疲れたように言葉を紡いだ。 「最近、この辺で殴りたくなるくらい笑顔なおさげのヤツ見なかったかい?」 どこかでよく見かけるような、死んだ魚のような目をしながら途方に暮れている男の様子に、妙はとりあえずにっこり微笑んだ。 「おさげの人なら、昨日あなたみたいにそこから声を掛けてきましたけど」 「へぇ」 タン、と塀から飛び降りた男は、顎に手を当てて検分するように妙を見下ろす。 「‥お前さん、ソイツがどこにいるか知ってるか?」 「えぇ」 笑顔のまま、妙は男の胸倉を掴み上げた。 「なぜか家まで付いてきて、とてもくつろいでいますよ?ご飯代はあなたが精算してくれるのかしら?」 ギリギリと締め上げる妙に、男はあぁ、とため息を吐いた。 「道理でいくら探しても見つかんねーはずだわ」 のんびりと呟きながら、男は妙の手首を慎重に掴む。 「すまなかったなぁ、お嬢ちゃん。飯代はちゃんと払うから、お前さんちに連れてってくれないかい?」 妙は男をちらりと見上げて、締め上げていた男の胸倉を解放した。 「いいですよ。その代わり‥」 言葉を切って、妙は男を真っ直ぐに見つめる。 「兄妹ゲンカになりそうだったら、お兄さんを止めてあげてくださいね」 「‥は?」 首を傾げる男に、妙も小首を傾げた。 「あの人、神楽ちゃんのお兄さんでしょう?万事屋に行きたいっていうから場所を教えたのに、ここ居心地がいいねって動こうとしないんです」 ―――え、あの団長が? マジでか、と目を丸くした男の視線の先で、つややかな黒髪が細い首筋で踊る。 呆然と話を聞いていた男は、だから神楽ちゃんを呼ぼうかと思って、という妙の言葉に慌てて手を振った。 「いや、それは止めた方がいい。お前さんの家が壊れちまう」 「それじゃ、早くお兄さんを連れていってください」 あっ、ご飯代は5万円でいいですからとにっこり微笑んだ妙に、男はハハハと乾いた声で笑った。 ―――団長がこの娘についていったのが、何かわかる気がする。 くるりと踵を返して歩きだした妙の後に続きながら、男は深いため息を吐いた。 (とりあえず後で説教だな、あのすっとこどっこいめ‥!) あぶさん難易度高すぎる‥ この後、志村邸で合流した神威があぶさんに姉上の卵焼きを勧めて、説教を回避してるといい(そもそも説教自体、意にも介さないだろうけど) (090213) |