襖を開けると、幾許かの埃っぽさが混じった何か懐かしい匂いがする。 新八が部屋を見回すと、押入れが開き、着物や小箱など細々したものが広がっている真ん中に妙が座っていた。 「何をしてるんですか?姉上」 「寒くなってきたでしょう?半纏を出して、ついでにちょっと片付けようかしらと思って」 そう言って取り出した半纏を手に、妙は周りに広げたものを懐かしそうに見回す。 「そうしたら懐かしくなっちゃって。ほら見て、この着物」 「あ、それは父上の‥」 妙が微笑みながら手に取った着物に、新八はそっと手を伸ばす。 大分くたびれてはいたものの、くたりとした布地は新八の手に優しく馴染んだ。 「母上が縫ってくれたんだって、父上がすごく気に入ってたのよ」 「…へぇ」 新八が物心つく前に亡くなってしまった母親。 写真でしか見たことがない母親の顔を浮かべながら、新八はそっと着物を撫でる。 それを見ていた妙は、小さく笑みを浮かべた。 「ねぇ新ちゃん、これちょっと羽織ってみて?」 「え‥僕にはちょっと大きいんじゃないかなぁ」 「いいから」 ね?と妙に着物を手渡され、新八は面映く思いながらそっと着物に手を通す。 思ったとおり新八には少し大きかったが、懐かしい匂いに優しく包まれて、胸の奥が少しだけ震えた。 「やっぱりちょっと、大きいですね」 そんな胸の内をごまかすように慌てて口を開いた新八に、そんなことないわよと妙が微笑む。 「あと2・3年もしたら、新ちゃんにピッタリになるわ」 「そうですかね」 「えぇ、きっと。…ねぇ新ちゃん」 「なんですか?姉上」 わずかに声のトーンが変化した妙に、新八は微笑みながら先を促す。 「ちょっと、あっち向いて座ってみて?」 「え?いいですけど…」 言われた通りに妙に背中を向けて新八が座ると、ややあって背中に何かがそっと触れた。 「姉上…?」 後ろを振り返ろうとする新八に、妙は小さくつぶやく。 「…ちょっとだけ、」 新八の背中に頬を寄せ、妙は目を閉じる。 もうずっと前の幼い頃、父親によく背負われていた自分がそこにいた。 父親の広い背中が、妙は大好きだった。 記憶の中の背中はもっと広くて頑丈だったけれど、すぐ傍にあるこの背中も思った以上にしっかりとしていて、妙の顔がわずかに綻ぶ。 こうしていつかは、新八も自分も記憶の中にある父親を追い越していくのだろう。 ぬくもりに混じる懐かしい匂いに、妙は一粒だけ涙を落として微笑んだ。 (081118) |