「遊びたいなら俺と遊ばない?そこのオネーサン」 赤いコートの背中が一瞬強張り、女がきつい視線で振り返る。 隙なく構えられたナイフが両の手で光るのを見て、金時は口元だけ笑った。 路地を挟んだ向こう側から、1日の授業終了を告げるチャイムの音がゆっくりと響きだす。 「…またお前ッスか」 「毎度どーも。そちらさんも懲りないねー」 間延びした声に、女は忌々しそうに舌打ちした。 「それはこっちのセリフッス。何回ウチらの邪魔すれば気が済むんスか。あんまり調子づいてると、そのうち痛い目見るッスよ」 「おーコワイ。つか、テメーらこそいい加減に女子校生追いかけるの止めたら?あんなガキ追っかけて何が楽しいんだか」 「それはボスに言って欲しいッスね。こっちはあくまでも仕事ッスから」 慎重に間合いを取ろうとしている女を熱のない目で捉えながら、金時は低く笑う。 「よく言うぜ、本気で捉まえる気なんてないくせに」 金時の言葉に、女がニヤリと笑う。 「手強い小娘は追い詰め甲斐があるんスよ。邪魔すんな」 「俺の方がもっと手強いよ?オネーサン」 「抜かせ。お前を捕まえてもボスは喜ばないんスよ」 向けられる視線に殺気が篭ってくるのを感じ取って、金時は口角をわずかに吊り上げた。 「仕方ねーな、じゃあチャンスをやるよ。高杉はどこだ」 軽く一歩を踏み出した金時を、女が睨み付ける。 「なんでお前にチャンスをもらわなきゃならないんスか」 「いいから答えろよ。そうすれば…」 もう一歩。 踏み出した金時の目に殺気が鈍く燻りだすのを見て、女は小さく息を飲んだ。 「今回は見逃してやるよ」 金時の言葉に女は一瞬目を見開いた後、声を立てて笑い出した。 「よく言うッス。何なんスかお前、もしかしてあの小娘の騎士でも気取ってんスか?」 「はァ!?」 女から飛び出した予想外の言葉に、金時は思わず眉を顰める。 その様子を見ながら、女は嘲るように目を細めた。 「あの小娘は騎士なんて必要としてないッスよ。最近、憎たらしい番犬がいつも一緒みたいだし」 金時の顔から表情が消える。 「それがどーした、俺には関係ねーよ。つーか、早く答えろ」 「図星かァ?随分ロマンティストになったもんだなァ、金時」 人を食ったような笑いを滲ませた声と共に、背中に押し付けられた銃口。 女に視線を留めたまま、金時は気怠るそうに息を吐いた。 「テメーほどじゃねェよ。遊びも程々にしとかねーと、おっかねェ番犬に捕まるぞ」 「番犬だけじゃないだろ?狐もウロチョロしてて、目障りで仕方ねェ」 高杉は銃口を突き付けたまま、おかしくてたまらないというように笑う。 「遊びの邪魔をすんなよ、金時。ヅラにもそう言っとけ」 「どこが遊びだコノヤロー。遊びの域を越えてんだよ」 「クク、1人の女に入れ込むなんざテメェらしくもねェ。テメェにゃ関係無いんだろう?」 ゴリ、と突き付けた銃口に力を込めて、高杉は口端を吊り上げた。 「妙のことは」 高杉の言葉に、金時は薄く笑う。 「その言葉、そっくりテメーに返してやるよ。そっちこそ妙に構ってる余裕なんてないんじゃねーの?」 「へェ、お前どこまで知ってんだァ?」 「さァね。とにかく妙に構うのはもう止めろ。これ以上アイツに手ェ出すような真似したら…」 高杉の首元にヒタリと刃が当てられた。 「テメーら、本気で潰す」 後ろを振り向きもせずに右手でナイフを突き付けた銀時は、目を見開いたまま固まっている女にニタリと笑う。 「し、晋助様!!」 「ククッ、無鉄砲なのは変わってねェんだなァ。相変わらずバカで俺ァ嬉しいよ、金時ィ」 クツクツと喉を鳴らしながら、高杉は目を細める。 「…興醒めしたから今回は引いてやる。今度テメェと会う時は戦争かもなァ」 「つーか、二度とここに来んな」 「悲しいねェ、テメェが妙を紹介してくれたのによォ」 「断じて紹介してねーよ!!アレは不慮の事故だ!」 背後の高杉にがなる金時に、女がすかさずナイフを投げて路地に消える。 高杉に突き付けていたナイフを一閃する金時に、高杉が銃身を振り上げた。 「今度邪魔したら殺すぜェ?」 ガッと頭めがけて振り下ろされた銃身に、金時は咄嗟に身体を捻った。 バランスを崩して倒れ込みながら高杉にナイフを投げるが、高杉は身体を翻して悠然と歩きだす。 瞬く間に静かに車が寄せられ、高杉を乗せるとそのまま国道へと走り去った。 「チッ…あァ、めんどくせーな」 スーツについた埃を叩きながら、金時は落ちていたナイフをのろのろと拾い上げながらため息を吐いた。 あの時、あの校門の前で高杉を追い払えなかったことが悔やまれる。 そして高杉の執着ぶりに頭を抱えたくなった。 まさか自ら出てくるとは、あの男らしくもない。 らしくなさで言えば、あの目つきの悪い刑事といい勝負だ。 そこで女の言葉を思い出し、金時はイライラと髪を掻き回した。 ――番犬呼ばわりされるほどベッタリくっついてんのかよ、ありえなくね? 苛つきに任せて盛大に息を吐く。 らしくないのは自分も同じだ、面倒なことは好きじゃないのに。 ふいに、少女達の笑い声が高い空に泡のように弾けていくのが小さく聞こえて、金時はゆっくりと歩き出した。 「金さん」 正門の前へ行こうと角を曲がったところでそっと声が掛けられて、金時は顔を上げる。 鞄を持った妙がゆっくりと近づいてくるのを見て、少しだけ金時の口元が綻んだ。 「今日は早いじゃん」 「えぇ、ちょっと先生のところに行こうと思って」 そう言いながら、妙は金時の腕を引っ張った。 「さ、行きましょ?」 「へ?俺も?つか、先生って誰?」 「伊東先生よ、七丁目の。金さんも知ってるんでしょう?」 妙の言葉に、食えない笑みを浮かべたメタルフレームの男を思い浮かべて、金時はやれやれとこっそりため息を吐いた。 お前もなのか、伊東‥いつの間に。 このライバルの多さって異常じゃね?とげんなりしていると、妙がスッと顔を寄せてきて、金時は小さく息を飲んだ。 「な‥っ、何かついてる?俺の顔。それともアレか、ちゅーしたいとか?」 ボグォッ! 間髪入れずにわき腹を抉っていった右ストレートに、金時は身体を折って咳き込んだ。 「もう、どうしてそんなセリフが出てくるのかしら」 「大人の社交辞令に決まってんだろ。あ、ガキにはまだわかんねーか」 「ごめんなさい、よく聞こえなかったからもう一回言って?」 「スミマセン調子乗ってましたゴメンナサイ、だからその拳を収めて!」 慌てて両手を上げて降参する金時に、妙は小さくため息をついてハンカチを取り出した。 「‥切れてるわ、ここ」 「へ?」 背伸びをして、そっとハンカチを金時の頬に当てる。 揺らめいた妙の瞳が、ふるりと震えた長い睫で隠された。 思わず抱きしめようと腕を伸ばした時、俯いた妙が小さく口を開いた。 「‥ごめんな、さ」 その言葉に金時の腕が止まる。 妙の背中に回そうとした掌を、思わずぐっと握り締めた。 頼むから、そんな細い声で謝らないでくれよ。 勝手に俺が動いてるだけなんだって。 面倒なことは好きじゃねーけど、気になって仕方ないから。 お前ら兄妹がお互いをどんなに大切に思っているか、知っちまってるから。 妙の背中をとんとん、と叩きながら、金時は空を仰いだ。 「あ、ヤバイ」 「え‥?」 見上げてくる妙の視線を感じて、金時はへらりと笑った。 「糖分が足りねーから動けねーや」 ぎゅう、と抱きしめてすぐにパッと離れると、きょとんとした妙の顔がみるみる赤くなっていく。 その様子に目を細めた金時を見て、妙はくるりと踵を返してズンズンと歩き出した。 笑い出しそうになるのを堪えながら、慌てて金時が後に続く。 「なー、パフェ食べに行こうぜ」 「先生のところが先よ!」 「えーマジかよ」 「パフェは金さんの奢りじゃないと行かないから!」 「ハイハイ。七丁目だったら、最高のストロベリーパフェを出す店があったな」 あっという間に妙に追いつき、歩調を合わせながら鼻歌を歌う。 ――番犬がいようが戦争になろうが、関係ねーよ。 俺はただ、コイツが年相応に笑うのを傍で見ていたいだけだ。 高く括られた妙の髪が、歩調に合わせていつもよりも元気よく揺れているのを見て、金時はゆったりと口元を綻ばせた。 (081217) |