ショーウィンドの前で、妙は足を止めた。 飾られているカラフルな服は、早くも次の季節を追いかけているようで、気が早いことだと思いながらもワンピースに目が止まる。 あの色のワンピースがかわいい。 あ、こっちのスカートも捨てがたいわ。 思わず見入っていると、右隣りにブラリと銀髪の男の影が差した。 「何見てんの、妙」 「兄さんこそ、どこに行ってたのよ」 「これ、これ!すごくね?この生クリーム!」 満面の笑みで目の前に突き出されたクレープを見て、妙はため息を吐いた。 「全く、いきなりいなくなったと思ったら‥銀兄さんは本当に甘いものに目が無いのね」 「悪ィ悪ィ。荷物持ちは任せてちょーだい」 クレープに齧り付きながら、銀時はチラリと妙が見入ってたディスプレーを見る。 「もうスッカリ夏物って、気が早いこったなァ」 「季節感を先取りするのがおしゃれなのかもしれないわね」 妙が苦笑していると、左隣りから煙草の匂いが漂ってきた。 「こんなとこにいやがった。お前ら、好き勝手に歩き回ってんじゃねーぞコラ」 「だって、トシ兄どんどん行っちゃうんだもの。銀兄さんは途中でクレープに釣られていなくなっちゃうし」 「そーだぞコラ。だからてめーはモテねぇんだよ」 「クレープに釣られてるテメーに言われたくねーよ!‥悪かったな、妙」 十四郎の言葉に、妙はにっこりと笑う。 「ううん、いいの。携帯もメールも役に立たなくて途方に暮れてたけど、合流できて良かったわ」 「ウソつけ。お前だって、あれこれ服見てたじゃん」 突っ込む銀時を拳で黙らせる妙の横で、十四郎は妙の眺めていた服を見て口を綻ばせた。 「へェ、もう夏一色だな。‥あのワンピースなんか、妙に似合うんじゃねーか?」 「トシ兄もそう思う?綺麗な水色がいいわよね!でも、あっちのスカートもいいなって思って」 「あれか。確かに悪くねーが、合わせるのが大変なんじゃねーか?」 「あっ、そうね‥言われてみれば手持ちの服とはちょっと合わせづらいかも‥」 目を輝かせながら語る妙と十四郎の間に、復活した銀時も負けじと割り込んだ。 「んなことねーだろ。あのピンクのノースリーブとか合うんじゃね?」 「そうね、悪くは無いかも‥」 頷きかけた妙に、十四郎の眉がピクリと動いた。 「‥妙、ノースリーブなんて着たら日焼けすんぞ。あ、あのロングスカートなんかどうだ?」 その言葉に、銀時のクレープを持つ手に力が籠もる。 「日焼けなんて、日焼け止め塗っときゃいーんだよ、妙。それよりもホレ、あのミニスカートとかかわいくね?」 「バカかテメェ!あんな短けーの妙に履かせたら、クソ虫どもが近寄りまくるだけじゃねーか!!」 「テメーこそ加齢臭漂うオヤジみてーなこと言ってんじゃねーよ!ミニスカはロマンだろ!害虫が寄って来たら駆除すりゃいーじゃねーか!」 途端にヒートアップし始めた兄二人に、妙は慌てて二人の服の裾を引っ張りながら宥めようとする。 「ちょ、ちょっと兄さん達‥!落ち着いてったら」 そんな妙に気付かずに、二人の口は止まらない。 「ハッ、駆除っつったって、いつも妙と一緒にいるなんて物理的に不可能だろーが。無責任なこと言うんじゃねーぞコルァ!」 「ハン、もちろん俺と一緒の時以外は封印するに決まってんだろ?ちょっとは頭使えよ」 「アホかァァ!テメーの方こそ理不尽なことホザいてんじゃねーかァ!」 収まる気配の無い口喧嘩に、妙は呆れてため息を吐いた。 かくなる上は、実力行使で黙らせるしかない。 阿修羅のような殺気を笑顔と拳に宿そうとした時、背後から声を掛けられて、妙は振り返った。 「どうしたんだい?妙君」 「鴨お兄ちゃん!」 伊東は妙の背後に取っ組み合いになっている男二人をチラリと見やると、ため息を吐いた。 「何をやっているんだ、あの二人は。いい加減にしないか君達!妙君が困っているのがわからないのか?」 伊東の言葉に、銀時と十四郎は同時に険しい視線で振り返る。 「あァ!?何でテメーがこんなところにいやがる」 「兄妹水入らずを邪魔すんじゃねーぞコルァ」 「それは失礼。君達の大切な妹さんが困っていたようだったんでね」 三人の間で火花が弾ける。 漂い始めた不穏な空気を知ってか知らずか、妙は小さく歓声を上げた。 「すごいわ、鴨お兄ちゃん!兄さん達を一瞬で止めるなんて」 「妙君も大変だね。こいつらに振り回されて、疲れちゃったんじゃないかい?アイスでも食べて一休みしないか?」 後に続いたご馳走するよという一言に、妙は満面の笑みを浮かべる。 「本当に?いいの?」 もちろんと頷く伊東に、妙はにこにこと駆け寄った。 そのまま歩きだす二人を、我に返った男二人が慌てて追いかける。 「ふざけんなテメー!人の妹を勝手に連れて行くんじゃねェ!」 「そうだぞコルァ!俺はストロベリーとバニラのダブルでお願いします!」 「君らに僕が奢らなければならない理由はない。付いて来るなら自腹で来たまえ」 伊東の優越感に満ちた笑みに歯噛みする兄二人に、妙の笑顔が止めを刺す。 「兄さん達、無理しないでいいのよ?後で待ち合わせしたっていいんだし。ね?」 一瞬怯んだ兄たちは、すぐに体勢を立て直した。 「いや、俺もちょうど一息入れたかったし。ちょうどアイスみてーなの欲しいかも、なんて思ってたし」 「クレープ、まだ残ってるわよ銀兄」 「これは別腹なの!俺はまだまだ全然イケる」 「俺も、ちょうどアイスで気分転換したいと思ってたところだ。さ、行くか」 「‥マヨネーズなんて掛けないでね?トシ兄」 「あ、当たり前だろ」 「相変わらず妹離れ出来て無いんだな、君達は」 伊東が呆れたように言うと、何だとコラ!と兄二人の声が同時に重なるのを聞いて、妙は吹き出した。 その笑顔はあどけなくて、男たちの口元にも笑みが浮かぶ。 騒々しい休日の午後は、始まったばかりだった。 《おまけ》 「‥オイ。何でテメェが妙の隣なんだよ」 「そして、何で俺がコイツの隣に座らなきゃなんねーんだよ」 「どっちが妙君の隣に座るかで喧嘩を始めた、君達の自業自得だ」 「そうよ!なんで兄さん達はすぐに喧嘩になっちゃうのかしら」 「「コイツがいつも‥!」」 「息だけはピッタリか。大したものだ」 「もう‥いい加減、仲直りしてよ。ハイ、アーン」 「「‥‥アー、!!」」 「テメェェェ!!何テメーも口開けてんだよ!空気読めやこのヤロー!!」 「それはこっちの科白だァァァ!いい年こいてアーンとか恥ずかしくねェのか、テメェは!!」 「テメェも口開けてただろーがァァァ!」 「‥妙君。いつも大変だな」 「ごめんなさいね、鴨お兄ちゃん。すぐに黙らせますから」 今度こそ拳に殺気を湛え、妙がにっこりと微笑んだ。 ―――兄たちが沈黙するまで、あと5秒。 ※銀土は妙の兄。鴨は銀土妙の幼なじみで、銀土と同級。 (080512) |