「‥お妙さん」 「はい?」 いつの間にか日課のようになった、志村家縁側での息抜きの時間。 土方が妙の瞳を見つめると、妙は恥じらうように目を伏せた。 「何、ですか‥そんなに見つめないでください」 ほんのりと色づく頬に、目許に落ちる長い睫の影。 何より、普段は隊士も真っ青になるくらいの腕っ節をして、涼やかに微笑む姿からは想像できない表情に、土方は見惚れた。 そっと柔らかい頬に手を添えて、好きだ、という一言がノドから出かかった瞬間。 「姉上ー!てめー何してんだコルァァァ!!」 声と共に妙が引きはがされた。 ギロリと声の主を睨みつけると、新八も負けじと睨み返してくる。 「あら新ちゃん、お帰りなさい。今日は早いのね」 「えぇ、銀さんがなぜか今日は早く帰れって」 ――アイツの差し金かァァァ!エスパーかアイツはァァァ!! と土方が心の中で叫んでいると、庭の方から足音が近付いてきた。 「あれ?土方さんこんなところで何してんでさァ」 「‥お前こそ、何でここに」 土方が目を見張っていると、沖田はにやりと口の端を上げた。 「ここは俺の休憩場所でさァ。ね?姐さん」 「あら、沖田さんまたサボり?」 「違いまさァ、今日は不審者が侵入したって通報があって」 「えっ?」 妙が不安そうな顔をすると、沖田は大丈夫ですゼ、と笑顔になる。 「俺がちゃんと回収します。オラ行くぞ土方」 「行くぞ、じゃねェェェ!!俺は不審者じゃねーだろ警察だァァァ!」 「アレ?おかしいな、確か旦那の通報によると、黒髪で目付き悪くて瞳孔開いてるってことだったんですがねェ」 「またアイツの差し金かァ!あのクソ天パァァァ!!!」 土方が叫んでいる横で、妙が不安そうに眉を寄せる。 「結構ストーカー対策で、家の守備を固めたつもりだったんだけど‥やっぱりまだ足りないかしら」 「いや、今のままで十分立派な要塞だと思うんですが」 「でも‥新ちゃんも、仕事で家を空けることがあるでしょう?」 と妙が心配そうに言うと、土方が妙に心配いらねぇよ、と声を掛けた。 「この辺りの治安は、俺達がまも‥」 「俺が毎晩、見回りまさァ」 沖田がしれっと遮ると同時に、のそりと銀時がやってくる。 「オイオイ、警察が2人もこんなところで何やってんだ」 「てめェこそ人に濡れ衣着せやがって、何してくれてんだ!叩っ斬るぞコラ!!」 早くも抜刀して怒鳴る土方に、銀時はわざとらしくため息を吐く。 「あーやだねェ何をそんなにカリカリしてるんだか。更年期?」 「なわけねーだろ!!」 「おーコワイ。おいお妙、危ねーからこっちこい」 と、銀時が妙を引き寄せる。 そして、妙の頭越しに剣呑な目で土方を牽制した。 ――そう簡単に俺を出し抜けると思うなよ、マヨラーがァァァ! 土方が上等だコラァァァ!と瞳孔開いて応戦している目の前で、銀時は新八にぶっ飛ばされた。 「どさくさに紛れて姉上にくっついてんじゃねェー!」 「ごふゥッ!」 「おっと危ねェ」 今度は沖田が妙を素早く抱き寄せる。 「姐さん、ここにいたら危ないですぜ。ちょっくら映画にでも行きやせんか?」 「‥てめぇらいい加減にしやがれェェェ!!」 「きゃっ!」 完全にキレた土方は、妙の肩を思い切り引き寄せて自分の背後に隠すと、腰を落として剣を構えた。 それを見た3人は、口々に叫ぶ。 「ちょっと、姉上に何するんですかっ!」 「無理矢理は良くないんじゃねェのー?」 「落ち着きなせェ、土方ももう大人だろィ?」 それを叩き落とすように、土方も叫ぶ。 「うるせェ!!散々人の邪魔しやがって‥覚悟しろよお前ら!!‥眼・耳・鼻・舌・身・意‥人の六根に好・悪・平‥!またおのおのに浄と染‥!!」 ざわざわと空気が動き、3人は怪訝そうに辺りを窺う。 「あり?なんか土方さんから変なオーラが出始めたような」 「何だオイ、マヨネーズでも召喚するつもりか?」 「いや‥ヤバいですよ、この技はもしや‥!」 新八が息を飲むと同時に、土方がカッと目を見開いた。 「てめぇら全員往生しやがれェ!三十六煩悩鳳ォォォ!!!」 「違う!それマンガ違うよ土方さんんんん!!」 「「ギャアァァァァァ!」」 ドゴォォォン!!というすさまじい音と共に、庭の一部が吹っ飛んだ。 「‥ったく、つまんねーモン斬らせやがって」 チキ、と刀を鞘に戻すと同時に、それまで唖然としていた妙の鉄拳が土方に炸裂した。 「うちの庭を壊すんじゃねェェェ!!」 「ゴハァァッ!」 地に沈んだ4人の影を見下ろしながら、妙は涼やかに微笑む。 「お庭、ちゃんと元に戻しておいてくださいね?」 そう言い放って、妙は家の中に戻っていった。 男たちが地面から見上げる空は、高く遠い。 水面下の激戦(というか、足の引っ張り合い)の決着も同じくらい、遠くに霞んでいた。 (080228) |