夕方の公園のベンチで、妙はこの日何度目かのため息をついた。 手の中で、カサリと音がする。 昨日の晩にラッピングしたチョコだが、熱が入り過ぎて朝寝坊したのが失敗だった。 「…新兄さんに、渡したかったのにな」 朝、あわてて飛び出したから、新八とは顔を合わせていない。 しかも、帰りに直接持って行こうと思えば、肝心のチョコは部屋の机の上。 とどめは、昼休みに兄から届いたメール。 『今日はいつもより遅くなりそうだから、戸締まりに気を付けて早く寝るんだよ』 読み終えるのと同時に、携帯の電源も合わせて切った。 今日のこの日が、稼ぎ時なのは妙にもわかっている。 でも、だからこそ。 「誰よりも早く、チョコを渡したかったのにな…」 家に帰って机の上のチョコを抱えると、妙はそのまま誰もいない家を飛び出した。 もう、兄には今日中には渡せないだろう。 今頃、同伴するお客を迎えに行って、腕を組んで街を歩いてるかもしれない。 手の中の包みを眺めながら、いっそのこと自分で食べてしまおうか、と妙が思った時、金髪の男がどさりと隣に腰を下ろした。 「おたーえちゃん。こんなとこでどうしたんだよ」 「…金さんこそ、なんでこんなところにいるのよ」 妙が手に持った包みをそっと後ろ手に隠しながら問うと、金時はため息を吐きながら夕暮れの空を見上げた。 「新八が、お妙の携帯がつながらないって大騒ぎしててさぁ。 でも仕事抜けられないから、代わりに探してくれって泣きつかれたんだよね」 相変わらずのシスコンっぷりとアゴの割れっぷりに軽く引いたね、と金時がぼそりと呟くと、妙は黙ったままマフラーに顔を埋めた。 そんな妙を眺めながら、金時は妙の背後に押しやられた包みを手に取った。 「あのさー」 「…何?」 「これ、兄貴に渡したかったんだろ?」 その言葉に妙がパッと顔を上げると、金時は小さく笑った。 「俺が引き受けるよ?」 その言葉に拗ねている自分を見透かされたのを感じて、妙は苛立ち紛れに包みを取り返して俯いた。 「い、いいのもう、渡せなくても…」 その言葉に金時は、妙の頬に手を添えて瞳をのぞき込んだ。 「兄さんばっか見てないで、少しは俺のことも見ろよ」 「‥きっ、金さん?」 揺らめく瞳に思わず見惚れる。 「お妙ごと、俺が引き受けるって、」 「何やってんだテメー」 その言葉と同時に、妙から金時が引き離された。 漂う煙草の匂いに、金時は露骨に顔を顰めて振り返る。 「お前こそ、ここに何しにきたんだよマヨ察」 「あっ、土方さん」 妙が小さく微笑むと、よぉ、と土方が目線で応え、金時を鋭く見据える。 それを見た金時はますます苛立ち、険悪な雰囲気が流れる。 「未成年者略取でしょっぴかれたいのか?」 「はぁ?俺はそいつの兄貴に妹探してくれって頼まれたんだけど」 「俺も、その兄から妹の捜索を依頼されたんだが」 そう言って土方が妙を見ると、妙はごめんなさいと小さく呟いた。 「まぁ、とりあえず兄貴に連絡いれてやれよ。かなり取り乱してたぞ」 そう言って妙の頭に手を置こうとした土方の手は、金時の手にさりげなく払われた。 再び両者は無言で激しく火花を散らす。 それに気付かず、コートのポケットを探っていた妙は、あっと小さく声を上げた。 「…家に携帯置いて来ちゃった」 「「じゃあ、家まで送ってやるよ」」 間髪いれずに見事に重なったふたりの声に、妙は思わず吹き出した。 「それじゃ、お礼に二人にお茶をご馳走しますね」 こいつも一緒かよ! と叫びたい二人だったが、またハモりそうだったので、ぐっと言葉を飲み込んだ。 その様子を見た妙は、チョコレートもあるのよと笑う。 とりあえず笑顔が戻って来たからまぁいいか、と金時と土方はそっと目許を緩ませた。 《おまけ》 「妙っ!!もう、ちゃんと携帯持たないとダメだろう!?」 「に、兄さんごめんなさい…あの、お仕事は?」 「途中で抜け出して来たんだ。だから、またすぐ戻らないと」 「あっ!じゃあこれ、新兄さんに」 「ん?」 「今日中に渡せないかもって思ったから、よかった」 「妙…!ありがとう、兄さんすごい嬉しい!!」 「…おい、なんだと思うこの炭みたいなの」 「チョコレート…じゃないよなコレは」 「いやいやいやそれはねーよ、もしや暗黒物質?」 「それもそうだが、なんだこの光景」 「新八は重症だと思っちゃいたが、お妙も相当か…」 「兄妹二人だから絆が強いのはわからなくはねぇが」 「お前、お妙に懐かれてたんじゃねーのか」 「そういうお前こそ、妙と気安いんじゃねぇのかよ」 「僕の目が黒いうちは、妙に指一本触れさせませんからね」 「「‥‥‥」」 (080213) |