環状彷徨/土妙




青い空の下、砂利を踏みしめて歩く音がのんびりと響く。
全く以て、らしくねェ。
のんびりだなんて。
隊服でも着てりゃまだしも、ひどく無防備になっちまった気がする。

溜め息の代わりに、タバコの煙の吐き出した。
着流しがぶわりと吹きつけた風を含んで、ふわりと広がる。
視界の端に見慣れた薄紅色が入り込んだ時、チキ、と腰に下げた刀が小さく音を立てた。
タバコの煙を吸い込む振りをして俯く。
苦々しい自覚がじわりと胸の内に湧き上がった。

――あの薄紅色は、目に甘過ぎだ

タバコを携帯灰皿に押し込んで(この屋敷の主はタバコの処理にとても厳しい)、顔を上げると縁側に座っていた女がにっこりと微笑んでいた。

「こんにちは、土方さん」
「‥おぅ」

妙の隣に腰を下ろすと、丸い朱塗りの盆に湯呑みが2つ伏せられている。
スッと目の前に白い指が伸び、2つの湯呑みに茶が注がれて、どうぞ、という声と共に湯呑みが掌の先に置かれた。
じっと湯呑みを眺めていると、妙が不思議そうに首を傾げた。

「‥どうかしました?」
「いや、何でもない」

湯呑みを手に取って口に付ける。
深緑の湯呑みはおそろしく俺の掌に馴染み、淹れられた緑茶はおそろしく舌に馴染んで、妙が傍にいるこの縁側はおそろしく居心地が良かった。



――そう、おそろしくなるくらいに



俺は真選組に生きている。
俺の礎であり、全ては仲間である隊士たち、近藤さんだ。
それ以外に依る術はないし、必要もない。

それなのに。
気付けば、切り離しがたいくらいにこの女の隣に根付いちまってる。
寄りによって、近藤さんが心を寄せてるこの女にだ。

どうかしている。
何がどうしてこうなっちまったんだ。
わからない。

黙って茶を飲む俺に、妙は特に気にする様子もなく静かに茶を飲んでいる。
少し伏し目がちになった目元に影を落とす、長い睫に目を奪われた。

「‥何だか不安そうな顔をしているわ」

ぽつりとこぼされた言葉に、咄嗟に気のせいだと返して、妙の目に捉われる前に視線を逸らした。
再び訪れた苦い自覚に、胸の奥がじわりと溶けていく。

この女だって。
護りたいものをちゃんと護ってきたこの女だって、こんな半端な存在が入り込むのは勘弁願いたいだろうに。

護りたいものを護り切るのに、半端な存在が混じると命取りになる。
妙から見れば、妙を最優先にできない俺は不確定要素になるだろう。
護る存在を抱えてる側からしたら、そんな半端な要素は枷以外の何物でもない。

俺にとっての真選組が、この女にとっては父親の残した道場であり、血を分けた弟だ。
そして俺は、真選組と妙を同列にすることがどうしてもできない。
両方取ろうとすれば、必ずどちらかを取りこぼす。
下手すりゃ、両方とも取りこぼしかねない。
大事なものを確実に護るには、できるだけ数を絞って集中することだ。
護り切れそうにないものには端から関わらないか、確実に護り切れそうなやつに任せるのが一番良い。

あぁ、頭ではわかっているんだ。
答えなんざ疾うに出ている。
この女の前から消えるべきなんだ。
俺が退けば、すべてが丸く収まるに違いないのに。

「‥もっと、私にも預けてくれたらいいんです」

ねぇ、土方さん?
小さく囁く声と共に温もりが頬をするりと撫でる。
視線を動かすと、それを捉えた妙の顔に綺麗な笑みが浮かんだ。

見透かされちまってる。
18の小娘に、鬼の副長と恐れられているこの自分が。
内心冷や汗をかく一方で、この状況を確実に楽しんでいる自分の心がおそろしくてたまらない。

このままだと共倒れだ。
それだけは避けないといけないのに、結局優しく頬を辿る白い指を引き寄せちまう。

握り締めた妙の指はおそろしいほど華奢で、口付けた唇はおそろしいくらい柔らかく甘かった。



(090921)








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