負けず嫌いな月と影/土妙




月が輝く夜空に、心地よい風と笑い声が流れた。

妙はご機嫌だった。
連日のように攻勢をかけてきては拳や蹴りで返り討ちにされていた、自称愛のハンターが今日は姿を見せなかったのである。
加えて、飲みっぷりのいい客が来て、いつもより売上を伸ばすことができた。

客に合わせて、いつもよりも多く酒を飲んで同じくご機嫌なおりょうと、2人で今日の成果をひとしきり喜びながら家路を辿る。

橋の袂でおりょうと別れ、ゆっくりと川に映った月を眺めながら妙は再び歩く。
体がふわふわとして、時々吹く夜風が柔らかくて心地よく、うっとりとした笑みが妙の頬に滲んだ。

春の宵を楽しみながら歩いていると、後ろから足音が近づいてきて、低い声が静かに響いた。

「オイ、そこのアンタ」
「はい?」

妙が振り返ると、銜えタバコの鋭い目付きの男がこちらにやってくる。
不本意ながらも見慣れたその黒い隊服は、

―――夜の影、みたい

近付いてくる男の顔を見つめながら、妙は小さく首を傾げた。

「‥今日はゴリラ、来ませんでしたけど?」

そう声を掛けると、一瞬赤く灯ったタバコの後を追うように、白い煙がふわりと流れた。

「あぁ、とっつぁんと一緒にお上に呼び出しくらってんだよ。それより‥」

言いながら土方は眉を顰める。

「アンタ、今日飲み過ぎただろ」

月明かりに照らされたしかめっ面に、妙は満面の笑みを浮かべた。

「とってもおいしいお酒だったんです〜」
「良い笑顔してんじゃねーよ!こんな夜更けに不用心だろうが」
「あら、だって」

そういって妙は、誇らしげに胸を張る。

「私は用心穴よ。そこらの男には負けないもの」

妙に漂うアルコールの痕跡に、土方は深々とため息をついた。

「年頃の娘が穴とか言うな」
「だって、棒なんて持ってないんですもの」

酔っている割に頭の回る(だが言っていることは屁理屈に近い)妙に、土方は言葉とため息を飲み込んだ。

「‥わかった、とりあえずちゃんと歩け」

そう言いながら腕を回して妙の帯を支えると、妙は心外そうに土方を見上げた。

「私、ちゃんと歩けます」
「何言ってんだ、鏡見てみろ。そういうのを千鳥足って言うんだよ」

ぶっきらぼうに指摘すると、失礼ね、と頬を膨らませながら妙は素直に歩きだす。
しばらく大人しく歩いていたが、不意に小さく妙の体が揺れたのを感じて、土方は歩く速度を更に落とした。

「‥どうした、気分でも悪いのか?」

もしやリバースかと妙の顔をのぞき込むと、肩を揺らして妙が笑っている。

「‥土方さん、なんだかお母さんみたいだわ」
「はぁ!?」

予想外の言葉に土方が面食らうのにも構わず、妙はクスクス笑い続ける。

「だって‥あ、ねぇ土方さん、のどが乾きました」
「あぁ?」

またしても急な話題転換に、苛立たしげに息を吐く土方に全く構わず、妙は近くの自販機へと目をやってから土方をにこにこと見つめる。

「冷たいお水が飲みたいわ」

―――‥アルコールのせいだと、わかっちゃいるが。

熱っぽい瞳に見つめられて、不覚にも土方の心臓がドキリと跳ねた。

―――何だコレは。
確信犯なのか?
そういう事なのか?
そういう事ってどういう事だ、俺。

内心の動揺を吹き消すように、土方は盛大なため息を吐いた。

「ったく‥立派な酔っ払いじゃねーか」

ぼやきながら自販機で水を買って妙に渡すと、妙はうれしそうにこくこくと水を飲んで、はぁ、と息を吐く。
つややかな口唇が解ける様を見て、土方は慌てて目を逸らした。

―――勘弁してくれ。
なんつーかわいいツラしやがんだ!
逃げんな俺の理性!
俺を置いていくな!!

そんな土方の葛藤など露知らず、妙はペットボトルを小さく揺らして土方を見上げた。

「冷たくておいしい。土方さんも飲みますか?」
「いや、俺は‥」

言い淀む土方に、妙はいたずらっぽい笑みを浮かべる。

「そうですか、間接キスになっちゃいますもんね?」
「‥フン、生憎そんなこと意識するようなガキじゃねェんだよ」

動揺しまくりな内心を制して言い放つと、妙がムッとしたように身を乗り出してきた。

「まぁ!私のことを子供扱いしているんですか?心外だわ」

帯を支え続けてる土方から見ると、まるで抱き着かれたかのような気分になり、思わず息を飲む。
しかしそんな心の内とは裏腹に、土方の口からは挑戦的な言葉が躊躇なく飛び出した。

「そんなことでムキになるのがガキっつーんだよ。いいからちゃんと歩け。ほらそこ段差があるだろうが」
「きゃっ!」

ガクンとバランスを崩した妙の体を支えてやると、妙はすみませんと言いながらクスクスと笑い出した。

「何だよ」
「ふふ‥土方さんて、やっぱりお母さんみたいだわ」
「だから、何だよそれ。あまりうれしくねェな」

憮然とする土方に、妙は微笑みながら小さく囁く。

「あなたは、優しい人ですね」
「‥そんなことねーよ」
「ふふ、ちょっと耳貸してください」
「なんだよ」

そう言いつつも素直に体を屈めた土方の頬に、妙はそっと口付けた。
驚いて目を見開いた土方に、妙はにっこりと微笑む。

「私だって、あなたが思っているほど子供じゃないのよ?」

その言葉に、土方の口の端が僅かに上がった。

「俺だって、お妙さんのオカーサンじゃないんだぜ?」

―――俺は踏み込むチャンスを見送るほど、ヘタレでも紳士でもねェんだよ。

月明かりに照らされていた妙の身体は、夜の影にゆっくりと隠された。



(080628)








人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -