うぅ、とくぐもった唸り声と共に手を伸ばして、土方は枕元の目覚まし時計を見る。 朝の10時を回ったところだった。 のそりと起き上がって、煙草を銜える。 このところ残業続きで、ようやく訪れた久々の休日だった。 煙草をふかしながら漂う煙を目で追っていると、カタリとキッチンから音がして、土方はそっと布団から抜け出した。 一人暮らしの土方の家の中で、他に物音を立てるような存在はいない。 怪訝に思いながら足音を忍ばせてキッチンに続くリビングへ入ると―― 「あら、起きちゃいました?おはようございます、土方さん」 「‥‥なんで妙がここにいるんだ」 妙はにっこり微笑むと、土方の手を取ってリビングのソファへと誘う。 「コーヒー、いれますね」 土方は慌てて、キッチンに向かおうとする妙の肩を引き留めてソファに座らせた。 「昨日、は‥居なかったよなぁ」 「ふふ」 かわいらしく小首を傾げて、妙は笑う。 「合鍵なんて、渡した覚えも無ェんだが‥」 渡したくても、なかなか渡せないっていうのが本音なんだがな、と苦笑しつつ、妙の瞳をのぞき込む。妙はクスクス笑いながら、黙ったままだった。 土方の頭の中は疑問符でいっぱいだったが、その様子に口元が綻びそうになるのを我慢していた。 ――あぁ、その笑顔はくすぐったくてたまんねェ。 言葉に困って頭を撫でると、妙がはにかみながら擦り寄ってきて土方は仰天した。 「た、たえ‥‥?どうした?」 「ひじかたさん‥」 甘えるように妙は土方の胸に頬を寄せ、そっと手を繋いできた。 常ならぬ少女の様子に、土方は煙草を吸うのも忘れて妙を見つめる。 ――なんだコレ、何がどうなってんだ!?夢?コレは夢なのか?そーだ、ここの管理人ならやりかねねェ!!寸止めの達人なんてありがたくもねェ称号つけやがって! 心の中でパニックを起こしている土方に構わず、妙は頬を染めて土方を見上げる。 「‥大好き、です」 「‥‥!」 ――ちくしょうかわいい!夢だとしてもかわいい!!つーか夢じゃねーよこのかわいさ!!どーしてくれんだバカヤロウ!! 思い切り心の中で叫びながら、土方は妙のあごをすくい上げた。 「俺の方が、もっと好きだ‥」 「ひじかた、さん‥」 ゆっくりと伏せられる長い睫。 陽に透けて輝く、美しい髪。 ほんのり紅に染まった、滑らかな頬。 薄く開いた、小さな唇。 腕の中にすっぽり収まった重みが、言いようも無く甘い。 土方は、ゆっくり顔を傾けた。 お互いの吐息がかかり、うっとりと目を閉じたその瞬間――― ジリリリリリリ! 鳴り響くベルの音に、土方は跳び起きる。 目覚まし時計を止めて、土方は叫んだ。 「やっぱり夢オチかァァァ!!管理人のバカヤロー!!!」 (080306) |