顔を見るのは、久しぶりだった。 攘夷浪士を、そいつらに武器を横流ししていた商人もろとも一網打尽にしてから一カ月。 事後処理やら何やらに追われ、考える間もなく毎日が通り過ぎて行く。 久々に夜警に出たら、賑やかな声で客を送り出す女達の中に、見知った横顔を見つけた。 すまいるは今日も盛況らしい。 ―――相変わらず、ご苦労なこった。 心の中でこっそり労いながら、歩を進める。 そのまま通り過ぎようとしたとき、黒い瞳がこちらを捉えて一瞬ギクリと背筋が強ばった。 ジジ、と銜えたタバコが灼けていく音を聞いた。 そして強ばった背筋を不思議に思う。 殴られるようなことしてねェのに、何ビビッてんだ俺。 そう考えている間に、黒い瞳が完璧な笑みをまとってこちらにやってくる。 まだ治りきってない右足を、わずかに引きずっているのに気付かれなければいいが、 とぼんやりタバコの煙を目で追いながら足を止めた。 「あら、お久し振りですね」 「……あぁ」 「お怪我でもされたんですか?」 早速バレたのかよ、と内心舌打ちしながら煙を吐き出した。 「いや…大したこたぁねェよ」 「そう…」 静かに言葉をこぼしたのち、妙はにこりといつもの綺麗な笑顔で言った。 「今日はゴリラが来なかったから、潰していませんよ」 「あぁ…近藤さんも最近忙しいからな」 「道理で最近平和なワケだわ。ずっと続くといいんですけど」 そうさらりと言い放つと、お大事になさってくださいね、とお辞儀をして踵を返した。 手を伸ばしたのは、ただ、なんとなくだった。 街の明かりに浮かぶ肌が白い陶器のようで、胸が詰まるように苦しかった。 無意識のうちに、あいつを重ねていたのかもしれない。 その時、妙がこちらを振り返ったのはただの偶然だろう。 一瞬目を見張ったのち、妙は心配そうにこちらを見上げた。 「土方さん…どうしたんですか?」 「いや…何も」 「嘘。ひどい顔をしていますよ」 「…悪い」 黒い瞳が、静かに俺を見つめる。 その黒い瞳は、あいつのものじゃない。 あぁ、俺は一体何をやっているんだろう。 あいつの顔が、声が、笑顔が渦巻いて飲み込まれそうになる。 気付いたら、言葉がこぼれていた。 「この前…知り合いが、死んだんだ」 頭や胸に渦巻いていたあいつの残像が、静寂の中に消えた。 タバコの煙が、白くか細く闇空に溶けていく。 「…大事な人、だったんですね」 「……あぁ」 爆発しそうな悲しみが、喉元へと駆け上がってくるのを自覚しながら、 それを押し殺そうと拳を強く握り締めた。 あいつの笑顔が鮮やかに脳裏によみがえる。 あいつの幸せを、ただそれだけを本当に願っていたのに。 「…可哀想なひと」 そう小さくつぶやいて、妙はそっと俺の拳に触れた。 その白い手の温もりが、無性に悲しかった。 (080123) |