雨に香るストロベリー/学生銀妙←ALL





雨は止まない。
朝からずっと降っている。
昨日も、一昨日もそうだった。


ストローをかじりながら、窓の外をさめざめと降り続く雨を眺める。
どんよりとした灰色が立ちこめている空。
冷房は入っていたが、雨のにおいはかすかな湿気と共に、髪や腕にまとわりついていた。

‥今月に入ってから、連戦連敗だ。
前から厳しい戦いは続いていたが、それでもここまで負けが込むことはなかった気がする。

ようやく勝ち抜けできたと思ったのに。

昨日は途中までうまくいっていたのに、最後の最後で酢昆布娘と柳生に持っていかれた。
(神楽、お前は味方じゃなかったのか)

その前は、最強の保護者・新八。
(まぁ、それでも一緒だったからまだマシか)

‥その前は、さっちゃんの奇襲を受けて自滅。
(頼むからちゃんとメガネを掛けてくれ)(そして星に帰って幸せになれ)

‥‥その前は、あの目つきの悪いマヨラー。
(今の俺なら、きっと500円玉を2つ折りにできる)(もったいないからやらないけど)

自称ハンターはわかりやすい分、いくらでも対処のしようがあるからまだいい。
マヨラーにしても、本人は隠しているつもりだろうが、ちょっと注意して見ればすぐにわかる。

意外と油断ならないのがキタローとかドS、インテリメガネに忍者ハットリ。
興味本位の部分が大きそうな感じだが、それが却ってアイツのガードを甘くさせているようでタチが悪い。

あ、それとジミー。
普段は傍観者を気取っているくせに、思いも寄らないところで間合いを詰めてくるから侮れない。
(ジミーのくせに!)

周りは相変わらず、諦めの悪いライバルばかりだ。
ため息をついて視線を下げれば、雨空の下に開いては流れていくたくさんの傘。
今日は担任に呼び出しを食らっている間に、誰かに出し抜かれたらしい。

ちょっと授業中に、居眠りしただけなのに。
古文の授業中だけ毎回睡魔に襲われるのは、俺のせいじゃないよ?
呪文みたいな響きが悪ィんだよっていうか実際ラ・リホーなんじゃね?アレ。
さすがの俺でも、ラ・リホーは躱せねーよ。
勇者ぎんとき、マホ・トーンはまだ覚えてません。

天井の蛍光灯は、揚げたてのフライドポテトの匂いが漂う店内を、健全な明るさでもって照らしている。
自分の不機嫌な顔もしっかりと薄暗い窓ガラスに映し出されていて、シケたツラしてんなァ、と思いながらストローを吸い込んだ。

口の中に広がる、冷たくて甘いストロベリーシェイク。
イチゴ牛乳に代わる、夏の必需品である。

一瞬どんよりした気分も忘れてその甘さを追いかけていたが、ふいに聞こえてきたはじけるように笑う高い声が耳障りで、眉をしかめる。
そこかしこに漂っているのは、何やら楽しそうな会話の端々。

みんな、何をそんなに一生懸命しゃべってんだ。
宝くじでも当たったのか?
それともUFOでも見たんですかコノヤロー。

ズズズッとストローが鳴った。
どうやらシェイクが底をついたらしい。
未練がましくストローを噛みながら、壁にもたれてまた窓を眺める。
味気無いプラスチックの味とにおいにうんざりして、残っていたポテトに手を伸ばした。

雨は止まない。
朝からずっと降っている。
昨日も、一昨日もそうだった。

だから、梅雨は嫌いなんだよ。
見ろ、この髪を。
何だってこんなに膨らむのか。
意味が分からない。

軽く伸びをして、倦怠感で固まった背中を伸ばす。
そろそろ帰ろうかと軽く息を吐いた、その時。

「ここ、空いてる?」

耳にやわらかい声。
いや、でもアイツはもうとっくに帰っているハズだ。
‥空耳?幻聴?
これは禁断症状ってやつなのか。ってマジでか。

結構なスピードで思考が上滑りしていく自分に構わず、彼女は隣にストンと腰を下ろす。
お裾分けだと言ってトレイの上に載っていたアイスのカップを手渡しながら、にっこりと笑った。

どうやら、耳だけじゃなくて目にも来てるらしい。
‥あの志村がお裾分け?

「ありえないだろそれは」
「もう、坂田くんたら失礼ね」
「スミマセン、ギブ!ギブ!!」

低い舌打ちと共に、万力のようなアイアンクローが外されて、ホッと息をつく。
これは幻じゃなくて本物だ。
顔をさすりながら隣を見ると、志村はふいと視線を逸らしてドリンクにストローを差しながら、小さな声で呟いた。

「今日こそ一緒に帰ろうと思ったら、いないんだもの」

不覚にも、心臓が跳ねた。
しかし当の本人は、澄ました顔でストローを吸い込んでいる。

‥負けてられるか。
落ち着け、俺。
取り戻せ、平常心。

「‥呼び出し食らってたんだよ」

いただきますと呟きながら、手渡されたアイスのカップを開けてスプーンですくう。
志村が飲んでるシェイクと同じ、ストロベリー味だった。

「やっぱり。古文の授業、まともに受けてるところ見たことないもの」
「古文は睡眠学習してるんだよ。あれでちゃんと脳には蓄積されてんの(たぶん)」
「いつも新ちゃんのノートを当てにしてるくせに」

ほのかに漂う、ストロベリーの甘ったるい匂い。
おいしい、という志村の小さな呟きにも同じ甘い匂いが漂っていて、またしても小さく心臓が跳ねた。

‥今キスしたら、きっとストロベリーの甘さに溶けるんじゃねーか。

いやいやいや。
落ち着いて、俺。
戻ってきて、平常心。

「そういやコレ、お裾分けってどういう事?」

そう聞くと、志村はくすくすと笑い出した。

「それがね、帰りに本屋に寄ったら、土方くんと沖田くんに会って‥」

‥何か、イヤな予感がするんだけど。

「ちょっと話してたら、神楽ちゃんがここのクーポンもらったって飛んで来たの。銀ちゃんもいた!って」
「じゃあ、アイツらも来て‥」
「ここ、空いてるアルか?」

しれっとした声に、思わず天井を見上げた。
神楽め‥これは確信犯だ。
ジロリと見ると、ニィッと笑う。
いつから見てたんだ、お前は。

「空いてますよねィ?坂田くん」

薄く笑みを浮かべている沖田も共犯だ。
コイツら、いつもケンカしてるのに。
この連携プレーは何なんだ。

「いいから、さっさと座れ」

‥そしてやっぱり、コイツも来たか。
バチバチとお互いに火花を散らしていると、沖田が俺と志村のトレイを見て口の端を上げた。

「あー、志村さんがシェイクとアイスなんて冷てーモンばっか買ったのは、そういうことだったんですねィ」
「え、何?」
「ち、違うわ、ただのお裾分けよ」

少しだけ慌てたような声音に思わず志村を見ると、志村の瞳が小さく揺らめいて、伏せられた。

「総悟、あまり志村を困らせるんじゃねェ。つーか、シェイクにアイスを買っても、全然不自然じゃねーだろ。普通だ」

‥いや、あんまり普通じゃないんじゃねーか。

しかしフォロ方のフォローに、志村の肩からホッとしたように力が抜けるのを見て、舌打ちしたくなった。

「そうアル、アネゴはお前と違って優しいネ。ちょっかい出すなサディスト。銀ちゃん、私もポテトお裾分けするネ!」
「うるせーチャイナ。ポテト一本で何がお裾分けでィ」

神楽と沖田が早速小競り合いを始めるのを、ため息まじりに眺める。
志村の膝で握り締められている手を小さく叩くと、志村が指先をそっと握ってきた。

‥何だか、今日の志村はやけに素直だ。
でも悪い気はもちろん全然しない。
指を絡めると、あわてて逃げようとするから更に力を込めた。
赤くなった志村の耳が目に留まって、思わず口元が緩む。

その途端、四方八方から思い切り足を蹴り込まれた。

「〜〜〜ッ!!」
「あら、どうしたの?坂田くん」
「腹でも壊したんだろ」
「冷たいものの食べ過ぎですぜィ」
「銀ちゃん、手遅れになる前にトイレに行くヨロシ」

シャイで奥手だけどリアクションが凶暴な彼女に、しつこくて手強いライバル(しかも複数)。
前途多難だ。
とりあえず、確実に二人きりになれるようにしねーと。


窓の外では、やっぱり雨が降り続いている。
朝から、ずっと降っていた。
昨日も、一昨日もそうだった。


でも、確実に夏の気配もすぐそこまで来ていた。



(080720)








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