感情錯綜/沖妙




「沖田さん」

耳にやわらかく響く声が耳障りで仕方ない。

「お姉さんの面影を私に探されても困るわ」

俺と同い年のクセに、大人びた笑顔を浮かべる目の前の女が目障りで仕方ない。
だから、俺の口はこう言った。

「安心しなせェ、アンタは俺の姉上とこれっぽっちも似てねェよ」

目の前の女は微笑んだまま、そう、と囁く。
その様子があまりにも姉上にそっくりで、そう感じている自分を認めたくなくて、目の前の首筋に顔を埋めた。



ガキン、と振り下ろされた傘を弾くと、青い目が忌忌しげに細められた。
ビリビリと痺れる腕を一振りして間合いを取る。

「そろそろ退き時かねェ」

愛用のバズーカを構えて笑うと、同じように傘を構えたチャイナも笑った。

「姐御のとこに行くつもりアルか」
「‥はァ?何言ってるんでィ」

突然飛び出した言葉に内心の動揺を制して質すと、桃色髪のチャイナはニィッと口の端を吊り上げる。

「お前がコンビニでダッツ買ってたのはお見通しネ」
「‥‥これは俺が食うんだよ」
「ヘェ、2つもアルか?」

その言葉に、とりあえずバズーカの引き金を引くと、轟音と共に土埃が舞った。
辺りの気配をじっとうかがっていると、背後の空気が微かに動く。
砲口を向けると、先程の笑みを消した青い目がじっとこちらを見据えていた。

「‥お前が見ているのは誰アルか」
「は?」
「姐御は新八と私の姐御ヨ。お前のじゃないアル」
「てめェだって姉妹じゃねーだろィ」

バズーカを構えながら低く返すと、目の前にコンビニの袋を突き出された。

「私はお前とは違うアル」

小さな唇が、あの女とよく似た弧を描く。

「ダッツが溶ける前に行くヨロシ」

そう言い放って、忌忌しいチャイナは土埃の向こうに消えた。



顔を埋めた首筋から仄かに香るのは、メガネの姉のもので、記憶の中の姉のものではない。
そんなことは改めてどうこう言われずとも、自分の中で区別は付いている。
そもそも、姉上の存在に代わるものなんてそう簡単に見つかるものじゃない。
‥見つかってたまるか。

目の前の女もチャイナも同じようなことを言ってくるが、区別が付いてないのはコイツ等じゃないか?
いや、むしろこの女の方こそ‥

「‥姐さんこそ、メガネの面影をいつも探しちゃいませんかィ?」

小さな耳に言葉を吹き込むと、黒目がちの瞳が小さく瞬いた。
ふふふ、と空気が小さく揺れる。

「新ちゃんは新ちゃん。沖田さんは沖田さん、でしょう?」

微笑みながら俺を見つめる眼差しに、くらりと一瞬眩暈がした。
その黒い目も、顔も、笑い方も、姉上とは全然違うのに。
ぼんやりと見つめる俺の前で、それにね、と女は言葉を続ける。

「私は真選組の姐御になった覚えはないわ」

殊更に綺麗な弧を描いた唇。
急に目の前の女が輪郭を取り戻したように見えた。

「仰る通りでさァ」

肩を竦めながら頷くと、女は満足したように目を細める。
それがなんとなくおもしろくなくて、綺麗に掃き清められている庭に視線を移した。

「俺はアンタの弟じゃねェだろィ?」
「そうね」
「‥わかってんじゃねーか」
「本当にそう思ってる?」

じぃ、と黒い目が俺の顔をのぞき込んでくる。
その黒い目に、ふいにこの世で一番大きな黒と鋭い黒が頭を過ぎっていった。

警戒心なんてこれっぽっちもない、かけがえのない大きな黒。
それを悲しませるなと、いけ好かない世話焼きな鋭い黒が警告する。
錯綜する黒に、胸の奥がじりじりと焦げていく。

目の前のやわらかな黒は、そんな俺を静かに見つめていた。

「‥その良くできたツラが気に食わねェんだよなァ」

くい、と小さな顎をすくい上げる。
覗き込んだ黒い目には、無様にゆがんだ自分の顔が映りこんでいた。
くらりと、また小さな眩暈に襲われる。

この目を、俺は知っている。
自分の守るべきものを、しっかりと見つめている目だ。

「アンタがそのキレーな笑顔で守ってるものごと、」

―――こんなワケのわかんねェ気分で、自分が大事に抱えてるものさえ、もうどうでもいいなんて思ってやがる俺ごと、

「‥全部崩れちまえばいいのに」

黒い目が宥めるように細められ、細い指がゆっくりと髪を撫でていく。
胸の奥だけが、焼け付くように熱かった。



(091011)








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