トンカンカン、と木槌を打つ音で妙はゆっくりと目を覚ました。 木槌の音はリズミカルに続いていて、不思議に思いながら小さくあくびをする。 雨戸を開けると、青い空の中の太陽が庭を明るく照らしていた。 「新ちゃん?これは何の音?」 「姐御、おはようアル!」 座敷の襖を開けた途端に懐に飛び込んできたのは、桃色の髪。 「か、神楽ちゃん?おはよう」 反射的に受け止めて髪を撫でると、神楽がくすぐったそうに笑って妙の手を引っ張った。 「向こうに新八が作った朝ごはんがあるネ!」 「新ちゃんは?」 神楽に引っ張られるまま用意されていた朝食の前に妙が座ると、神楽が天上を指差した。 「銀ちゃんと屋根の修理中アル」 「屋根の?」 首を傾げた妙に、神楽は瞳を輝かして身を乗り出す。 「姐御、何飲みたいアルか?お茶でヨロシ?」 「えぇ、温かいお茶が飲みたいわ」 「おまかせネ!」 パタパタと台所へ駆けていく神楽の後姿に微笑みながら、妙の頭の中は疑問符でいっぱいだった。 新八の用意した朝食を口に運びながらぼんやりと木槌の音に耳を傾けていると、スッと襖が開く。 湯呑みを載せたお盆を注意深く運ぶ神楽と共に、新八が座敷に入ってきた。 「おはようございます、姉上‥起こしちゃいましたか?」 「おはよう、新ちゃん。朝から何をしているの?」 不思議そうに新八を見る妙の前に、神楽がそっと湯呑みを差し出す。 「あちっ‥姐御、お待たせしましたアル」 「ありがとう、神楽ちゃん」 神楽の淹れたお茶を飲み、おいしいと妙が微笑むと、神楽の顔がはにかんだ。 新八もその様子を見て、小さく微笑みながら妙の前に腰を下ろす。 「この前の雨で、ちょっと漏ってたところがあったじゃないですか。いい機会なんで、銀さんといろいろ直してるんです」 「いい機会って‥お仕事は?」 ゴゴゴ‥と妙から不穏なオーラが滲み始めたのを察して、新八は慌てて両手を振りながら立ち上がる。 「いや、このところ依頼が続いて休みがなかったから、今日はゆっくりしようって銀さんが!」 「そうアル!今まで、かつてないくらいに大忙しだったアル!」 すかさず援護に入った神楽の言葉に、妙は微笑んだ。 「そうなの?せっかくの休みなのに、家の修理をしてもらっちゃっていいのかしら」 「いいんです、先月の残業代代わりにやってもらってるんで」 「これでも足りないくらいアル。だからさっきケー‥もがっ」 慌てて神楽の口を押さえた新八の背後で、かったるそうな足音と共に襖が開いた。 「おーぅ、屋根と雨戸終わったぞー。次は道場‥っと、起きたのか」 頭を掻きながら腰を下ろした銀時に、妙が微笑む。 「えぇ、せっかくのお休みなのにすみません」 「ちょ、痛い。痛いから。え、何いきなりこの仕打ち?言葉に行動が伴ってないんだけど!」 ギリギリと頭蓋を圧迫する妙のアイアンクローを外そうと必死になっている銀時に、妙の微笑みが深くなった。 「残業代が払えないってどーいうことだコラ」 「仕事が少なかったんだから仕方ねーだろスンマセン!!」 「あ、姉上、今月はちゃんと給料もらえたんで‥!」 慌てた新八のとりなしでアイアンクローから解放され、銀時はホッと息を吐いた。 「はー‥寝起きから絶好調かよ。さすがゴリラに育てられた女はちが‥」 バコォッ!とお盆で顔面をヒットされた銀時の横で、神楽がナイスショット!と言いながら妙の朝食をつまむ。 新八はため息を吐きながら立ち上がった。 「とりあえず朝ご飯食べちゃってください、姉上」 「えぇ。今日はお布団も干したいから、急がなきゃ」 妙の言葉が終わらないうちに、銀時が顔を摩りながらゆっくりと立ちあがる。 「新八ィ、後は道場だけだよな?」 「はい。掃除終わったら僕も行きます。神楽ちゃん、手伝って」 「アイアイサー」 そんな3人の会話を聞いて、妙が首を傾げる。 「どうしたの?あなた達」 「姉上はいいから、ゆっくりしててください。布団も一緒に干しておくんで」 「でも‥」 躊躇う妙に、銀時が襖へと歩きながら口を開いた。 「いーから、新八の言葉に甘えとけよ」 「そうアル。今日は万事屋にお任せネ!」 「‥‥?」 ますます不思議そうに見送る妙に、新八が微笑んだ。 「後でわかりますから」 そう言って部屋を出て行く新八の背中に、妙は首を傾げたままお茶を啜った。 食事を済ませ、洗い物を片付けて縁側に出ると、暖かい日差しの下で洗濯物と布団が綺麗に干されている。 それを眺めている妙の傍らに、定春がやってきて丸くなった。 「定春くんもひなたぼっこ?」 妙の言葉に答えるように、クゥン、と定春が鼻を鳴らす。 かわいい、と呟きながら妙が定春の隣に腰を降ろすと、待っていたようにふわりと定春の大きなしっぽが妙を包んだ。 トンカンカン、とのんびり響く木槌の音。 その合間に箒が床を掃き清める音が混じる。 廊下を歩く音に、時折混じるはしゃいだ神楽と窘める新八の声。 空は透明なライトブルーで、ほんわりと浮かぶ白い雲が少し。 「‥やることがなくなっちゃったわ」 そう呟いて目を閉じた妙の顔は、幸せそうに綻んでいた。 ―――ハッピーバースデーという言葉と共に、妙の前にケーキが出されるのは、その1時間後。 《おまけ》 「オイぱっつぁん、そろそろいいんじゃねーの?」 「そうネ!早く姐御に見せたいアル!!」 「はいはい、わかりましたよ‥姉上、お誕生日おめでとうございます」 「あっ、そういえば今日は‥忘れてたわ」 「このケーキ、みんなで作ったアル!ここの飾りは、私が作ったんだヨ!!」 「まぁ、そうなの?おいしそう!いただきます、神楽ちゃん」 「‥エヘヘ」 「あら、すごくおいしいわ!このケーキ」 「ちなみにスポンジは新八、デコレーションは俺だ。うん、うまいわ。さすが俺」 「何早速パクついてんですか!!今切り分けるから、ちょっと待ってくださいよ!」 「オイ、お妙さんいるか‥って何だお前ら」 「お前の方が何なんだよ」 「鬼のマヨラーでさァ。略して鬼マヨ」 「叩っ斬るぞ総悟」 「あら土方さんに沖田さん、どうしたんですか?」 「ったく‥近藤さんを回収にきたんだが」 「今日はまだ潰していませんけど?」 「朝一番に来たから、万事屋で潰しておいたネ」 「向こうに転がしてありますよ」 「ホント懲りねーな、てめェらんとこのゴリラは」 「うるせーんだよ黙れ白髪」 「お前が黙れや鬼マヨ」 「お、うまそーなケーキですねィ」 「お前にやるケーキなんてここにはないネ。失せろドS」 「そう言われると余計に食いたくなるねィ‥退けチャイナ」 「あぁぁ、ちょっと止めて二人とも!銀さんと土方さんも!闘るなら外でやれお前ら!」 「チッ‥ったく」 「何ですか、土方さん‥コレ」 「やる。‥いつも世話掛けてすまねェ」 「まぁ、ありがとうございます。今度はドンペリ入れてくださいね?」 「‥この前も入れただろーが」 「うふふ、7本くらいでいいですよ」 「え、何?お前も貢いでんの?このまない‥イダダダダすんません、マジすんませんんん!!」 「ざまァねーな。貢ぐ甲斐性も財力もないてめェに言われる筋合いはねーよ」 「何だとコラ、やんのかムッツリ」 「誰がムッツリだ!上等だコラ!!」 「あーあ、大騒ぎですねィ」 「アンタ達が来たからですよ!」 「そうネ!さっさとゴリラ持って帰るアル!」 「あ、姐さん、コレ」 「「スルーすんなァァ!」」 「まぁ、今度はなぁに?」 「‥いつも昼寝させてもらってるお礼でさァ」 「ふふ、そんなの気にしなくていいのに。ありがとうございます」 「‥そんな大したモンじゃねーんで」 「そんなに昼寝に通ってるアルか?姐御、今度このサドが来たら、私が駆除してあげるネ!」 「てめェ如きが俺に敵うわけねーだろィ」 「何だとコラァァ!決着つけてやるアル!」 「望むところでィ」 「だからお前ら、外でやれェェェ!」 「‥‥すごい騒ぎだね」 「あら、九ちゃん。いらっしゃい」 「お邪魔します。はい、妙ちゃん」 「わぁ、素敵なお花!」 「お誕生日おめでとう」 「ありがとう、九ちゃん。一緒にケーキ食べましょう?」 「うん。おいしそうだね」 「ふふ‥とってもおいしいのよ。今まで食べた中では一番だわ」 ドタバタと騒がしい中で、とても嬉しそうに妙が笑った。 (081103) |