お大事に/真選組+妙




車を降りたすぐ側で、堂々と掲げられたいかめしい墨書を見て、妙は小さくため息を吐いた。



―――1時間前。

「頼む、屯所まで来てくれねェか」

突然やってきた、巷では鬼の副長と呼ばれている男の弱りきった顔に、妙は笑顔を浮かべたまま困惑していた。

「まさか、新ちゃんや神楽ちゃんがそちらにご厄介になっているのかしら」
「いや、それはねェから安心しろ」

即答した土方の言葉にひとまず安堵した妙は、次の可能性を思い付いて小首を傾げる。

「まさか、ゴリラがらみじゃねーだろうな」

一際鮮やかな笑顔を浮かべて土方の顔をのぞき込むと、土方の顔が強張った。

「いや、その‥」
「まさか、そんなことあるはずがありませんよねぇ‥ふふ」

やだわ、私ったら。
そう言いながら口元に手を添えて微笑む妙から、阿修羅のような殺気が滲み出して来るのを感じ、土方は冷や汗が浮かんだ掌を思わず握り締めた。
しかし、ここで引いたら後がない。

「‥実はな。近藤さん、風邪拗らせちまってずっと臥せってんだよ」
「まァ、最近心安らかだわ〜って思っていたら、そのお陰だったのね」

鈴を転がすような声で妙が小さく笑う。
その様を見て、土方はこっそりため息を吐いた。

「医者に診せたんだが、注射一本打つにも大騒ぎでな。薬も飲ますのに一苦労なんだよ。そこでだ」
「入院でもさせればいいじゃないですか」

妙の言葉に、土方は深いため息と共に呟いた。

「‥病院は3日で追い出されたんだよ」

目を瞬かせている妙の方を見ずに、土方は煙草を銜える。

「追い出されてからそろそろ5日なんだ。いい加減、治ってもらわなきゃ隊務にも障りが出‥ブフォッ」

言いながら火を点けようとした土方に、妙の投げたお盆が命中した。

「ウチは禁煙です」

にっこりと微笑む妙に、土方は渋々煙草をしまい、観念したように居住まいを正した。

「今日は掛かり付けの医者が来るんだ。アンタがいてくれれば、近藤さんもおとなしく注射や薬を飲むと思う。‥頼む」

ぎこちなく頭を下げた土方を見て、妙はため息を吐いて立ち上がった。



「こっちから上がってくれ」

屯所に入ると、わっと視線が集まるのを妙は感じた。
にっこりと、完璧だけども取り付く島もない笑みを浮かべながら、凛と背筋を伸ばして土方の後に続く。

「オイ、見せモンじゃねーんだよ。散れ」

と言いながら先を歩く土方の背中には、先程の弱りきった名残は微塵もなく、妙はわずかに笑みを零した。

屯所の中は広く、また男所帯らしくゴタゴタとしていたが、その様子に昔の恒道館を思い出して、妙の頬が少しだけ綻ぶ。
廊下をいくつか曲がり、離れに道場らしき建物が見えた時、ゴホゴホという咳きと共に盛大なクシャミが響いた。

「そ、総悟ォォ‥俺、俺死ぬのかなァ‥ハッグション!!」
「あァ、そうかもしれやせんねィ。死相が見えまさァ」

襖の向こうのやりとりを聞いて、土方が深いため息を吐きながら襖に手を掛ける。

「いやだァァァ‥!お妙さんにひざ枕してもらうまでは、死んでも死にきれん‥!!ゴホゴホ」
「そんなに死ぬのがイヤなら、その薬をちゃんと飲んでくだせェ」
「えーだって、この薬すごい苦」
「子供みたいなこと言ってないで、さっさと飲めやァァァ!!」
「ウグハァ!!」
「あ、姐さん」

襖が空いた瞬間に風のように土方の側をすり抜け、近藤に一発食らわした妙は、そのまま枕元に置いてあった薬に手を伸ばす。
その様子を呆然と眺めていた土方は、慌てて医者を呼びに山崎を走らせた。

「お、お‥お妙さん‥!!」
「沖田さん、そのゴリラが逃げないようにしっかり抑えててください」
「合点でィ」

懐からオブラートを取り出して、粉薬を手際よく包む妙。
その手つきをじっと見つめていた土方が、慌てて水差しからコップに水を注ぐ。
コップの水に薬をさっとくぐらせて、妙は近藤に向き直った。

「ちょ、そ、総悟‥!苦しいっていうか、お、落ちる‥!!」

沖田に羽交い締めされてジタバタと暴れている近藤の鼻を、妙がひょいとつまむ。
そして息苦しさに耐え兼ねて近藤が口を開けた瞬間、薬を放り込んだ。
目を白黒させている近藤に、すかさず土方がコップの水を流し込む。

「‥‥やっと飲んだ」

ホッと息を吐いた沖田に、羽交い締めされたままの近藤は潤々と瞳を滲ませる。

「お、お妙さん‥!!どうしてこゴフゥ!」

妙の見事な右ストレートに、近藤は幸せそうな顔のまま布団に沈んだ。
その顔を見下ろして小さく息を吐くと、妙はオブラートの入った箱を土方に押し付ける。

「これで薬を包めば、飲みやすくなりますから」

そう言って立ち上がるのと同時に、山崎が医者と共に部屋に入ってきた。

「副長、先生お連れしました」
「じゃあ、私はこれで」

そう言って出て行こうとする妙の肩を、土方が引き留める。

「待て。先生、すまねェがコイツにもワクチン打ってくれ」
「コイツって誰のことかしら?」
「こ‥このお嬢さんに」

笑顔のままギリギリと土方の足を踏み付けていた妙は、今度は土方の胸倉を掴み上げた。

「ワクチンってどういうことですか?」
「‥か、風邪がアンタに移っちまったら、俺達だって困るんだよ」
「インフルエンザじゃありやせんが、最近流行ってるみたいなんでさァ」

いつの間にか妙に加勢していた総悟の言葉に、妙は不安そうに眉を顰める。

「まァ、怖いわね」
「姐さんも気を付けてくだせェ」
「い、いいからとにかく手を離してくれ‥特に総悟ォォ!てめっ、叩っ斬るぞゴラァ!!」

沖田を睨む土方を見て、妙はますます眉を顰めた。

「まァ、怖いわ」
「野郎の又の名は鬼の副長でさァ。姐さんも気を付けてくだせェ」
「ドSなテメェに言われたくねェんだよ!!」

ドタバタと小競り合いを始めた土方と沖田を見て、山崎はため息を吐いた。

「お妙さん、とりあえず先生に注射してもらってください。あと、これを」
「‥何ですか?」

手渡された紙袋に首を傾げる妙に、山崎は苦笑する。

「うがい薬です。念のためにって副長が。あ、それと表に車を回しておきますから、終わったら先生と一緒に門の前へ行ってください」
「わかりました」

山崎の言葉に、妙は小さく笑って頷いた。
そのまま立ち上がり、医者の元で指示に従って妙が着物の袖を捲る。
細い腕に一瞬見惚れた山崎が、我に返って慌てて立ち上がって襖を開くと、外で鈴なりになって様子を窺っていた隊士達がドサドサと部屋に雪崩込んできた。

「いてて‥ちょ、どけってお前」
「な、何やってんのお前ら!やばいって!」
「いきなり開けんなよ山崎ィ!」

ぎゃーぎゃーとひとしきり騒いだ男達が、申し合わせたように沈黙する。
部屋中の視線が、露になった妙の二の腕に集中していた。

「‥あら、」

注射をしてもらった妙が、にっこりと笑みを浮かべて振り返る。

「本当に賑やかな職場ですこと」

その場にいた者全員が、妙の背後に覇気が揺らめいたのを見て取って戦慄した。
数分後、近藤の部屋には投げ飛ばされた隊士達の山が出来ていたという。



《おまけ・1》

「おい、見たか!?姐さんの腕」

「細っせェよな〜‥」

「あんな細い腕のどこに、あの魔神のような力が宿ってるんだろうな」

「あんなに綺麗なのにな」

「‥でもあのキレた笑顔、俺ちょっとゾクッてしちゃった」

「‥俺も」

「同じ瞳孔開いてんのでも、副長と全然違うよな」

「あの覇気とかな」

「あァ、俺達の姐さんになってくれねェかな〜」

「ここはドMの巣窟だったのかィ。知らなかったぜィ、遠慮してて悪いことしたなァ」

「いやいやいや、これはお妙さん限定ですから(何かみんな新しい扉開きそうなんですけどォ!早く戻ってきて副長ォォォ!!)」


《おまけ・2》

「‥すまなかったな」

「いいえ。今回だけですから」

「あァ、助かった」

「こちらこそお気遣いありがとうございます。うがい薬とか」

「いや‥こっちこそあの透明のヤツ、アレならちゃんと薬飲ますことが出来そうだ」

「オブラートですよ。新ちゃんが風邪引いた時に、よくあんな風に薬を飲ませていたんです。懐かしいわ」

「‥近藤さんが治ったら、改めて礼をさせてもらう」

「ゴリラから受け取るつもりはありません。っていうか、ストーキングをいい加減止めさせてください」

「あー‥‥善処する」

「そうだわ、ちょうど来週からお店で新しいイベントが始まるんです」

「‥イベントって、何のイベントだよ」

「秋の文明開化記念イベントってことで、みんなで洋装するんです」

「よ、洋装‥?」

「ボトル、キープしておきますね。うふふ、とっておきの良いお酒が入ったんですよ〜」

「いや、それは‥」

「ゴリラ連れてきたらタダじゃおかねーからな」

「‥‥ハイ」



(081030)








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