太陽が西へとゆっくり落ちていく空の色は、少しずつ夕闇から宵闇へと深みを増していく。 ぼんやりとやわらかく灯る、幾つもの提灯。 それらが連なる参道に、祭り太鼓や笛の音が軽やかに流れていた。 風に乗ったその音は、決して後ろを振り返ろうとしないかのように、次々と妙のそばを通り過ぎていく。 「‥みんな、どこに行っちゃったのかしら」 はぐれるような大きな神社でもないのに。 そう独りごちる妙の手元で、汗をかいたラムネの瓶が小さく涼しげな音を立てた。 「誰か、探しているのかい?」 ふいに声を掛けられて妙が振り向くと、そこには図らずも見慣れてしまった、黒い隊服を着込んだ男が立っていた。 「‥えぇ、連れがいたのだけど、はぐれてしまったみたいで」 「そうか。では僕も一緒に探すとしよう」 そう言うと、男は妙の歩調に合わせて歩き始める。 戸惑ったように男を見上げていた妙だったが、やがてふわりと笑みを浮かべてラムネの瓶を揺らした。 「‥お祭りは小さな頃から大好きなんです、私。あなたもお好きなの?」 「僕は‥行った記憶がないな。随分賑やかなものなんだね」 生真面目そうに返してきた男に、妙はクスクスと笑う。 「あら、そんなお面を着けているから、お祭りが大好きなのかと思いました」 「はは、これにはちょっと理由があってね」 わずかにはにかんだような声で笑う男に、妙は前を見つめながらそっと言葉を差し出した。 「任務中なのでしょう?私は1人でも大丈夫ですよ」 「いや、交代で詰めているから大丈夫だ」 そう言って、男は小さく笑って肩をすくめる。 その言葉に、妙も微笑んだ。 「じゃあ、時間まで思い切り楽しむといいわ。お祭りの醍醐味は、屋台にあるんですよ」 探すついでに少し遊びましょう?と妙は男を近くの屋台へと引っ張っていった。 ひとしきり屋台を冷やかしながら、妙と男は一際明るく照らされている境内へと歩いていく。 他愛のない会話がふと途切れた時、妙はついに我慢出来なくなって男の顔を見上げた。 「‥ところで、あなたは一体誰なんです?」 射的で射止めた宇宙怪獣の小さなぬいぐるみを弄びながら、妙は小首を傾げる。 「‥誰だろうね」 面を着けたままの男は、小さく笑う。 「ずっとお面を着けていて、暑苦しくないんですか?」 「あぁ、そんなに気になるほどじゃない」 どこか生真面目で冷静な男の答えに、すっと妙の目が鋭くなった。 「ゴリラじゃねーだろうな」 「えっ?ゴリ‥?」 一瞬現れた妙の殺気に驚いたらしい男に構わず、妙は更に男を見つめる。 「でも違うわね‥あなたの髪は黒くないもの」 「そうだね」 穏やかになった男の声に、笑いが滲んだ。 「沖田さんにしては、背が高いし‥」 「気になるかい?」 「ちょっとだけ」 手元に視線を落としながらそっけなく、でもどことなく悔しそうな妙を見て、男は少し身を屈めて妙に囁いた。 「じゃあ、ひとつだけヒントをあげようか。僕は‥‥」 「姐御!やっと見つけたアル!!」 背後から飛んできた声に妙が振り向くと同時に、神楽が人波から駆け寄ってきた。 「神楽ちゃん」 「姉上、どこにいたんですか?随分探したんですよ」 後に続いた新八の顔を見て、妙も心外そうに眉を寄せる。 「あら、私も新ちゃん達を探していたのよ。でも見つからなくて困っていたら、この人が‥」 「‥誰もいないよなァ」 妙の後ろを見つめながら銀時が言うのを聞いて、妙は慌てて振り返る。 「えっ?‥ついさっきまでいたのに」 しかしそこには、石の灯籠が佇んでいるだけだった。 「真選組の隊服を着ていたのよ。スカーフをしていたから、上官だと思うんだけど‥名前を教えてくれなかったのよね」 神社の境内でかき氷をつつきながら、妙は首を傾げる。 「髪は沖田さんっぽい色なんだけど、短くしていて背が高くて」 祭り囃子が乗った夜風が、4人の髪を優しく揺らしては流れていく。 夢でも見たんじゃねーの?と呟く銀時の足を蹴り飛ばしてから、妙は更に言葉を続ける。 「そう‥隊士にしては、どこか育ちが良さそうな感じだったわ。話し方や物腰が」 「「「‥え?」」」 妙の話を聞きながらかき氷をつついていた3人の手が、ピタリと止まる。 その様子に気付かないまま、妙はおかしそうに小さく笑う。 「フフ‥なぜかずっとお面を着けてたのよ?かわいいキツネみたいなの。それが、隊服と全然合ってなくて」 神楽と新八は、強張った笑顔を浮かべながらかき氷をつつきだした銀時を見つめた。 「ぎ、銀ちゃん‥」 「もしかして、伊‥」 「なワケねーだろ!別人だよ、別人!」 「ですよねぇ」 ギクシャクと笑う3人を見て、妙は首を傾げた。 「どうしたの、あなた達?‥そういえば、ヒントをくれたわ。えーと、参謀として国中を走り回っていたんですって。江戸に戻ったのは久しぶりって言ってたけど‥」 参謀なんて役職があったのね、とピンク色の氷を口に運ぶ妙の横で、銀時の手からポトリとプラスチックのスプーンがすべり落ちた。 「‥銀ちゃん、マジっぽいアル」 「オイィィィィ!隊士が局中法度破ってんぞチンピラ警察がァ!!ゴリラかマヨ呼んで来い!」 「ま、まぁまぁ‥考えてみれば、お盆ですもん。そんなこともあるんですよ‥多分」 何か知っているような3人を、妙はきょとんと見つめる。 「あなた達、誰か心当たりでもいるの?」 「「いや、その‥」」 言い淀む新八と銀時の代わりに、神楽が小さく笑った。 「お祭りが楽しそうだから、遊びに来たんだヨ。きっと今頃、みんなでグルグル踊ってるネ」 「あぁ‥そうかもね、うん」 「‥かもなァ」 うなずく銀時と新八を押しのけて、神楽は妙の手を引っ張った。 「私も姐御と遊びたいアル!姐御、マダオの射的で勝負ネ!」 「え、えぇ‥フフ、負けないわよ?さっきすごいコツを教わっちゃったんだから」 さっさと歩いていく2人に、新八が慌てて立ち上がる。 「ちょっ、待って2人とも!またはぐれたら面倒だよ‥行きましょ、銀さん」 「ハイハイ」 溶けてしまった氷を飲み干して、銀時もゆっくりと3人の後について歩き出す。 いつの間にか高く上がった満月に、祭り囃子の音が吸い込まれていった。 (080816) |