色とりどりの花が並べられている店先で、妙は足を止めた。 この時期ならではだろう、紫陽花や薔薇の鮮やかな色彩に妙が見入っていると、店の主が声を掛けてきた。 「そこの素敵なお嬢さん、お花はいかがですか」 目の前に差し出されたミニブーケを見て、妙は小さな歓声をあげた。 「まぁ、かわいい!」 「よかったら、差し上げますよ」 その言葉に、妙は嬉しそうにミニブーケを受け取りながら、申し訳なさそうに眉を下げた。 「あら、いいんですか?何だか悪いわ」 花屋の主は、紅い瞳を細めながら店頭の花々に如雨露で水を撒いていく。 「いいんですよ、お妙さんはお得意様だし。この花達も、綺麗な人にもらわれて嬉しいと思います」 「もうっ、屁怒絽さんたら‥!そんなにおだてても、何も出ませんよ」 そこはかとなくいい雰囲気が漂う花屋。 その近くの電信柱の陰で、新八は回覧板を握り締めながら、固唾を飲んでその光景を見守っていた。 「あ、姉上‥!危ないって!それ以上近寄ったら危険だって!!」 慌てる新八の横で、神楽が歓声を上げた。 「姐御、カッケェェェ!銀ちゃん、やっぱりアイツ、良い奴ネ」 「何言ってんだ、よく見ろ神楽。あれはマスカット対プリーザみたいなもんだろ。対等なパワーを持ってるからこそ、対峙でき‥」 したり顔で解説を始めた銀時に、高速で飛んできた如雨露が炸裂した。 「ごめんなさい、手が滑っちゃった〜」 「わざとだ‥絶対狙ってたよ今のは」 銀時がぼやきながら髪や顔を拭っていると、妙が笑みを浮かべながら3人が身を潜めている電柱の影を覗き込んだ。 「新ちゃん達、こんなところでコソコソして、どうしたの?」 「そ、その‥回覧板を回しに来たんです」 「そう、屁怒絽さんならちょうど居るわよ?」 呼びましょうか?と妙が声を掛けようとするのを、新八と銀時が必死になって抑える。 「だ、大丈夫ですよ!か、回覧板置いてくるだけだし!」 「そ、そうそう。そのくらい、楽勝だから俺ら。それにアレだ、仕事の邪魔しちゃ悪ィだろうが」 必死になって言い訳を連ねる男達を押しのけて、神楽が身を乗り出して妙の手元を覗き込む。 「わぁっ!姐御が持ってるの、かわいいアル!」 歓声を上げる神楽に、妙は微笑みながらミニブーケを手渡した。 「さっき、屁怒絽さんにいただいたのよ。素敵でしょう?」 「ウン!!」 嬉しそうにミニブーケを眺める神楽に、妙は目を細める。 「よかったら、神楽ちゃんにあげましょうか?」 「えぇっ、いいアルか!?‥‥でも‥」 「?」 一瞬顔が輝いた神楽が俯いてしまったのを見て、妙はしゃがんで神楽の顔を覗き込んだ。 「これは、姐御にプレゼントされたものネ。さっき、姐御も喜んでたアル」 そう言って、ミニブーケを返そうとする神楽に、妙はにっこりと微笑んだ。 「それじゃ、半分こしましょうか」 「えっ?」 「そうすれば、神楽ちゃんとお揃いになるわ」 その言葉に、神楽の顔が蜂蜜のようにはにかんだ。 「‥なんだコレ?いきなり別世界にワープした気がするんだけど」 目の前で妙と神楽が和気あいあいとミニブーケを分けているのを見ながら、銀時は所在なさげに欠伸をする。 「やっぱり、姉上も神楽ちゃんも女の子って感じですね。あ、今のうちにさっさと回覧板おいてきちゃおうかな‥ちょうど屁怒絽さん、いないみた‥」 「いやぁ、素敵なお嬢さん達ですね」 背後に誤魔化しようのないプレッシャーを感じて、銀時と新八は凍り付いた。 「しっ、新八くん!後ろに何かの気配を感じるんだけど、気のせいだよね!?」 「もっ、もちろんですよ銀さん!やだなぁ、疲れてるんじゃないですか?!」 ギクシャクとやりとりする2人に、再び地の底から響いているような声が応える。 「おや坂田さん、疲れが溜まっているんですか?それはいけない!疲れによく効くハーブティーがあるので、よかったらいかがですか?」 その言葉に、2人は慌てて首を振る。 「いえ、せっかくだけど俺は、糖分を補給すればすべてうまくいくんで!」 「そ、そうなんですよ!せっかくなのにスイマッセン!!あっ、コレ!回覧板ッス!!」 新八が差し出した回覧板を受け取って、屁怒絽さんは軽く頭を下げた。 「いつもありがとうございます。それにしても‥」 楽しそうに話している妙と神楽を見つめる屁怒絽さん。 「素敵なお嬢さん達には、やっぱり花がよく似合う。あなた方も時々プレゼントすると、きっと喜ばれますよ」 そう言って、ゴツい口元に笑みらしきものを浮かべた。 「神楽ちゃんには、ひまわりも似合いそうですね。お妙さんは‥」 低く空気が震える。 「お妙さんは、葵の花が最近お気に入りなんですよ」 屁怒絽さんから滲み出る威圧感に蹴落とされていた2人だが、唐突に屁怒絽さんが笑った事に気付き、慄然とした。 このままではやられる!(多分!) 持っていかれる!(魂的なものを!) 「じ、じゃあ、今度機会があったら一緒に選んでもらおうかな」 「そっ、そうだなそうしてもらえ!俺はダッツと酢昆布の準備をするから!それじゃ僕達、これから仕事があるんでこれで!」 一気にまくし立てると、2人は妙と神楽を抱えて一目散に走り出した。 「ちょ、ちょっと銀さんたら何するのよ!下ろしなさい!つーかオロすぞコルァ!」 「離すネ、ダメガネェェ!メガネ割るぞコノヤロー!」 「うるせー!!お前ら、サクッと調理されてェのかバカヤロー!アイツが本気になったら、千切りどころかメンチカツだぞきっと!!」 「そうだよ!君子危うきに近寄らずって言うでしょ!?っていうか、銀さん!どさくさに紛れて姉上に妙なことしたらタダじゃおきませんからね!」 「するかァ!まな板に手ェ出すほど餓ベハァッ!!」 「誰がまな板だゴルァァァ!!」 あっという間に小さくなっていく4人の後ろ姿を見送って、屁怒絽さんは低く笑った。 「‥楽しい人達だなぁ」 そう呟くと、転がったままになっている如雨露を拾い上げ、丹念に店先の花の世話を始めたのであった。 (080701) |