*after rain*

 爪先立ちして、窓から顔を覗かせていた。
 寒いくらいの、乾いた空気が首筋を纏(マト)う。天井に輝くのは一番星か。単に自分の視界に、他の星が入っていないだけなのかも知れない。そう解釈して、肺一杯に酸素を供給した。

 黄昏時(トワイライト)。
 それは、自身のブロンドヘアを輝かせるのに十分な光を持っている。だが、オレは太陽に目を向けようとはしない。
 眩しさが、痛いんだ。
 矛盾している。分かっている。なのに、この時間が好きでもある。白く塗り潰されていた世界を、黄やら赤やら碧玉の色でマーブルのように掻き混ぜて、黒に導いていく優しい時間。この落ち着いた空間に体を預け、愛撫されるような感覚が、変に心地がよくて。手の平を冷たい鉄の手摺りに乗せて、頬を橙に染めるのが日課になりつつある。
 体温が拡散し、奪われる倦怠感。それすらも暖かい。

 上と下の睫毛を重ねて、自分なりのささやかな時間を楽しんでいたとき、後ろから聞こえてきたのは微かに震えた「体を冷やすぞ」であった。

「寒いのはギルだろ。嫌なら他の部屋に行きなよ」
「オレはお前の体を心配してだな――」
「大丈夫だって」

 仕方ないなあ。
 そう言って苦笑するように、外と中を遮断する。外界へ繋ぐ枠が消え、夕飯時で盛況な屋台の歓声はベールに包んだように小さくなる。乱れた髪を手櫛で整え、ぼす。と、手近なソファに腰を下ろした。遠くの教会から、賛美歌が聞こえる。

「昨日は、あんなにひどい雨だったのに。随分と星が出てるなあ」

 未練がましく硝子の向こうを見上げれば、いつのまに。広がるは輝かしいプラネタリウム。弱い光も、また強いものも咲き誇ろうと必死に呼吸を続けている。
 話題を振った本人としては戴けないが、その光にどこか羞恥心を覚え、視線を逸らした。
 その様子に気付かない青年は、そうだな。と、隣に立つ。煙草の煙が窓にぶつかり、ぶわ。と部屋に蔓延していく。

「豪雨だった。だからこそ、この光が眩しく感じるのかもな」
「……『だからこそ』、って。なんか曖昧じゃん」

「『孤独の先の温もり』」

 ビク、と引きつった一瞬の表情を。彼は見逃しはしなかった。
 ずん。背中に圧力がかかる。肩から零れるのは自分のではない、黒い癖のある髪。狭めの肩が、後ろからオレの体を包み込む。子供を抱くには十分な広さ。体をくるり。回されれば、額を預けるのは鼓動の聞こえる胸板。蒸発した汗と、染み付いて離れないニコチンの匂いがする。頭の上に乗せられた顎が、のったりと動く。「昔にも、言ったことがあったな」と。

「一人だ、一人だ。なんて思うなよ。確かに眩しいよりかは暗い方が良い。だが、真っ暗よりかは光があった方が良いに決まってる」

 一人は確かに大事だ。だが、孤独ばかり見つめていると、温もりの中にいる自分を忘れてしまう。と。
 十年の年月が経とうとも、声音は変わらず優しくて、ずるい。

 かじかんだ手が、甚(ジン)。と、熱を取り戻しつつあるのが分かった。それは、溶けていくようにゆるやかに。
 その腕は、夢ではない。と諭すように力強く体を支える。同時に、他人事のようによそよそしく見つめる自分が居て。どうにも歯痒く、ピリリと辛い。
 だが、

「分かってる。のに、実感できないんだよな」

 髪を撫でる手の平は冷たいのに暖かい。不意に頬を指先で包み、馬鹿だな。と、額を叩いた。

「それは分かってる、とは言わないな」
「うん」
「ゆっくりと、実感していけばいい」

 がし、と掻かれた頭上には、確実に満面の笑顔。
 瞳の金色は随分と眩しい。なのに、この光は自然と受け容れられた。慎ましい温もりとして。

 空は黒。まばらに届く生命の煌めき。
 雨は上がり、曙光。雫に反射するのは、待ちに待った大きな太陽なのであろう。



 水晶みたいに硬い氷が、融け始めた気がした。

20071021


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