まだ、子供だな。

 子供ながらに、そんなことを想った。

*肩幅*

 碧天。正にその言葉こそが、この空を形容するに相応しいものなのだろう。奇妙に晴れ渡った世界には、冷えた秋風がひう。とすさび吹く。柔らかに。唯一温かいのは、差し出された残り香のコート。ただし、オレには少し長い。

「大きくなったな」

 笑えば、お前は老人か。と苦笑混じりに嗜(タシナ)められて。温もりを与えた本人は、ほんの少し。照れ臭そうに、帽子の鍔(ツバ)をぐい、と前に倒した。
 前を歩く少女は、もの珍しそうに辺りを見回し(とは言っても、大抵目に止まるのは肉屋で)、凄いぞ。と振り返る度に艶やかな黒髪をなびかせる。ギルのそれとは違う、真っすぐな微笑みで。後ろ姿を、昔の従者に重ね見てしまい、馬鹿だな。と、コートの襟で首元を覆い隠した。唇から、白濁が漏れる。

「ギル、」
「ん」

 どうした。――顔だけをこちらに向けて、鴉(カラス)が足を止める。じり。乾いた土が、擦れて鳴いた。
 相手が聞く姿勢に入ったのを確認して、言葉をゆるやかに紡ぎだす。

「可愛くないね、お前」
「何だ急に」
「だって、可愛くないんだもん」

 思い返せば。昔の彼は、今とは比べものにならないくらい小さな男の子だった。主人を助ける。そう言う割りには、いつも助けられる側で。その度、桃色の唇を噛み締めて、時折涙と薄赤い血を飲み込んでいた。
 負けず嫌いだけは、今も変わってはいないらしいが。

「……変わりもするさ。俺は、もう大人だからな」
「自分で言う辺り、まだ子供だね」
「お前こそ」

 精神的には、お前より上に居るはずだけど? 馬鹿にした口調で、腕を組み見上げればかあ、と染まる頬。
 言葉に含んだ意味を理解した青年は、舌打ちと共に苦そうに煙草を口にする。まるで、大人。というのを強調するかのように。
 ちら、と見えた舌が筒の先端を撫でた。

(それがまた、子供なんだよな)



 若干一メーテル。その背中は、まだ少し遠い。
 格好いいお兄さんだねえ。八百屋の婦人が、大根を揃えながら言葉をかけた。皺の刻まれたその目尻に、淡く映る太陽。オレには眩しすぎる輝き。

「ごめんね、コイツには先約が居るんだ」

 ちくり。痛い視線が一つ。鼻の頭を赤くして、長い睫毛の下の水晶体がちか。と金に輝いた。
 外せないように、舐めるような視線を送る。そして、唇の吐息だけで、オレはお前を手に入れるんだ。

『肩幅が大きくなったからどうしたってのさ。オレはまだ、お前を抱き留められるんだよ』

 若干五十センチ。ニコチンとタールが侵した唇を、奪ってしまうまで、あと少し。

20071006
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