虹がかかった青空の下で、足下の緑に、飛びたがる真っ白なカッターシャツを、干していた。
 まだ長袖からは卒業しきれないけれど、ふわあ、と太陽が欠伸をすると、猫も昼寝をしてしまいそうなほど暖かな風がスカートをはためかせる。
 汗ばんだ額を慈しむような空気の流れが愛おしい。

 皺にならないようにぴいん、と布を横に引っ張る。柔らかな石鹸の匂いと、レインズワースの庭園ののびのびとした花々の匂いが混ざり、あまりにも爽やかで、綿毛のように七色の向こうへ消えていってしまいたくなる。

(いつか、占い師に言われたな、)

 あなたの運命の人は、丸い虹の下でキスをする相手だ、と。

 運命なんて馬鹿げてると思うし、丸い虹なんて、生まれてこの方見たことがないけれど、いつか、本当にそんな人が現れればいいよなあ、なんて雨上がりの天井を見上げる度に思う。
 水分の薄い膜を張った、足下の土は少しだけ湿っぽい。

 使用人らしく、さあ、ぼうっとしていないで仕事だ、仕事。と、一人張りきって、籠の中の最後の服を引っ張り出すと、そのポケットからころり。落ちてきたのは赤と白の縞模様のキャンディの包み紙。
 分かりやすい小さな悪戯に、必死に覚えた行動パターン。
 びろんと地面に付くか否かの竿に引っ掛けたシーツをめくると、その向こうに、あからさまに脅かそうとしている格好の道化師がいた。

 いつもの飄々とした仕草で目を丸くして、おやまあ、奇偶ですねェ。
 現れるなら現れるでマトモな出現法はないのかしら。今更じゃ治りませんヨ。
 朝に歯を磨くような、当たり前で、飽きるくらいに繰り返した応酬。

 軽く溜息をついて、赤目をついと覗くと、途端に雲がお日様を遮って、白に近い銀髪が陰りグレーに。
 さっきまで快晴だったのにあなたのせいよと当てこすりに毒づいた。

 気分よく仕事をしていたところに闖入してきた我が上司は、手伝いましょう、と案外手際良く、乾燥した分のシーツをたたむ。
 無意識に見つめていた横顔が、唇だけが孤を描いて、ただひたすら端正で、生唾を呑んでしまう。
 正直、苦手な相手なのだ。男性にも不慣れな私には。

 ああ、きれいな、ゆびさ き。
 あまくて、あざやかで、あでやかな。つつみこむにおいに、溺れてしまいそう。

「あ」

 不意に足がぐらついて、シーツを握ったけれど、するりと滑っただけで、よろめいてしまった。後ろから支えた声が、「おっと、」を言いきれなかったのには、理由がある。

 倒れ間際、体が偶然に向き合って、重なった唇。
 案外なめらかで、しっとりとした柔肌の感触に目を見張った。
 きらきらと輝く彼の頭の輪郭の外に見たのは、太陽を囲むように浮かぶ、細い虹。

 大丈夫ですか、と何事もなかったかのように私を抱きしめた砂糖菓子の微笑み。
 何がなんだかわからなくなるものだと思っていたキスは、想定以上にシンプルに過ぎて。

「奇跡って、いいものだけを指すんじゃなかったっけ」

 ねえ、ブレイク。

 状況がいまいちつかみきれていないのか、黙ったままに、困ったような笑顔をつくった彼は大きなてのひらで私の背中を撫で続ける。
 ぎう、と力を込めて、顔をもっと深くに埋めた。

 白い洗濯物の真ん中では、色を差しているのは足下の雑草だけで、明るすぎる世界には、二つの虹が遠くに輝いていた。
 最悪な奇跡なんて、奇跡よりも随分起きづらいものなのだけれど。

20100308
for 榊様



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