何故私はこんなところで寝ころんでいるのだろう、と、逸らしていた視線を前に向けると、白い花弁のような薄く透き通った頬笑みが浮かんでいた。
 青い鳥が、高く、甘く、囀(サエズ)っている。深い空は、少し低い膝枕から見ても、ただの光の反射とは思えないくらいの、パステルカラーの海である。
 細く、柔らかな指先が、こめかみのあたりから顎までを、するり。と撫でた。腹のあたりでぽつりと生まれた、小さな自尊心と砂糖菓子のような心が喧嘩を続けている。

 綺麗な銀色よね。と、下睫毛のあたりに皺をつくって嬉しそうに笑って。
 何の真似なんですカ。と、自身の頭をぐいと引っ張り、このような体制を作った彼女に毒づいた。

「ねえ、世界って、すごいよね」

 他人(ヒト)の話を聞く気がないらしい頭上の鼓膜は、彼女自身の声だけを震わせ、空気中に音を送り届ける。
 あまりにも突然な、肯定を促す台詞に、はい? と聞き返すと、どうしてわからないのか、というように、薄いピンクのマニキュアがあしらわれた人差し指と中指が、じゃれつく猫が噛むように、きゅう。と頬を抓(ツネ)った。
 口の端がぐにゃりと歪むその様相に、情けない顔、と、ひとしきり声を上げて笑った後、不意に真剣な顔つきをして、また、顎の下の額に手のひらを置く。

「世界って、すごいのよ」

 生き物で彩られた空間。
 果てがなくて、いつも新しくて。ぐるぐる回るいのちがあって、どんな絵具があってもつくりだせない鮮やかな緑とか、青とか黄色とかが創られて。
 粉とか石ころだって、ぎゅうってつめこむと、宝石だってできちゃう。
 そこに、ヒトがいて、たくさんいて、それがすごく低い出会いの確率で集まると、ともだちになったり、こいびとになったり。
 そしたら家族ができて、こどももできて。
 そんな中に、見たこともないような、ルビーみたいな赤色も、さらさら気持ちいい、きらきらの銀色が生まれたりして――。

 これ以上は言わなくてもいいか、というように、きゅ。と淡い色の唇を綴じて、細まった瞳がこちらを覗く。
 背に光を受ける彼女の体の縁が、ちかり、ちかり。と眩しかったが、見つめなければ、惜しい、気がした。
 そしてやっと、答えが返ってくる。

「あなた、疲れた顔、していたから」

 無理しなくていいのよ。

 嗅ぎ慣れた、暖かい毛布のような匂いがした。

「確かに、すごいですネ、世界とは」

 眩しいものを見るように、すう。と目蓋を下ろして、やがて、閉じた。
 適度な肉のついた、冷たい膝に、体を預ける。
 それは、糖分も何もいらない、胎の中で、へその緒を守る赤子のように。

 ソプラノの子守唄が聞こえる。
 彼女を生み出した、偉大なる母とは、どれくらいに大きなものなのか。
 そんな、似合わないことを考えながら、知らないうちに、意識は手のうちからふわり。抜け出していった。

 -Pachamama-

 小鳥が歌っている。
 新緑の芽が、穏やかに、拡がる感覚を覚えて。

20100218

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