せっかく一番良い温度で丁寧に淹れたというのに、溶け切らない砂糖の、口の中に砂利が入ったような音を立てて。
ティーカップの底で掻きまわされる様子がとても不愉快だった。
ただ、ダージリンのマスカットフレーバーは飽和溶解度を超えても尚損なわれず、華やいだ心落ちつく匂いが、部屋を穏やかな空気にさせている。
独特の、薫り高い、とある日の午後。
陽は低く、雲行きが怪しい空からは、今にでも雨が降りそうで。湿度が高くなってきて、少しばかり噎(ム)せるように口元にハンカチを押しあてた。
それはある種の嫌悪感を表すジェスチャーだったのだけれど。
よくそれで吐き気がしないよね。
思い切り角度を大きくして眉間を狭めて言葉を投げてみる。目が自然と細められたせいか、解像度が気休め程度に上がり、視界の中心人物が、先程の紅茶を何事もなかったかのように砂糖ごと啜っているのがよく見える。
陶器に口づけたままで、頭を軽く傾げての「甘いものを適度に摂(ト)らなければ、脳が働いてくれないものデ」。
(何が適度に、か)
そう思いながら視線を横にずらすと、あ、今、何が適度だ、って思ったでショウ。と考えをそのままに当てられた。
「アナタは相手の言葉に反感を抱いたとき、目を逸らす癖があるんですヨ。知ってましたァ?」
「……無駄口叩いてると冷めるわよ」
ただでさえ甘い紅茶を飲んでいるにも関わらず、小瓶から角砂糖をいくつも口に放り込む姿を見て、溜息をついて。
つう。と滑らせた瞳が映したのは、おやつの時間を少し過ぎたくらいの時計の短針だった。
暖炉の火がぱちり、ぱちり。と爆(ハ)ぜるような音色に耳を傾けながら、窓枠をきう。と指先で撫でて。
アンティーク風の蔦(ツタ)の白い石灰で作られた模様にうっとりとしながら、埃ひとつない、なだらかな曲線を描いた細い取っ手を持ち、外側へ押し込んだ。
土の匂い。
心地良く、体感温度が下がっていく。額をくすぐるそよ風は湿り気を帯びているけれど、髪の生え際にうすらと浮かんでいた汗には、とても優しく、まるで撫でられているようなゆったりとした気持ちになる。
外は生憎の曇天。ここ最近の天気が不安定なのは、季節の変わり目ということなのかしら。
そんなことを思いながら、ぼう、と高すぎる天井を見つめていると、頬に雨粒が落ちてきたので、あわてて外界へと開かれた、小さな扉を閉めた。
途端に行き場をなくしたように、循環し始める暖気。冷たくなりかけていた首筋に柔らかい熱がさらり。
乾いた唇にリップクリームを塗ろうとして、ポケットに手を入れたとき。後ろでまた、角砂糖をかみ砕く音がした。
なぜだか苛立ちを覚えて、その手で頭を軽く掻きむしる。長めの爪が頭皮にあたり、軽い痛みを感じたが。それよりも胸がぎい、と軋(キシ)んでいるのが気になる。
飲み干されたダージリンは、うっすらと紅色と溶けきれなかった砂糖粒を底に残して、その体を休めている。
キャンディのような、落ちついた石鹸のような。そんな匂いがする銀糸をさらさらと揺らしながら、片頬を角片で膨らませて、舌の上で糖分を摂取する、おどけた道化師(ピエロ)。
口の中に充満しているであろうその異常な甘さに、どうしてかときめきを覚え、同時に嫉妬する。
ブドウ糖が足りていないんだろうか。はたまた、この苛立ちの根源はちょっとしたカルシウム不足なのかしら。
その唇はどうして潤いを失わないの。
血色の悪い、紫がかったそれすらも、光をあてた薄い雲のように白い肌にはしっくりときていて。赤い瞳がちらりとこちらを窺うときには、肌との対照的な色彩に、酔い痴れ目が離せない。
なのに今、その視線の先には四角い、淡泊で、つまらない、ただの砂糖の塊しかなくて。
「私を、見てよ」
言うが先か、行為が先か。
刹那。
重なった唇に、よく知った砂糖の甘さと、落ちついた紅茶の匂いがした。
角砂糖。ときどきキス。
雨が、降り続いている。
飴は、いつでも、転がっている。
顔が離れ、なんとなく物足りなさを感じながら。
寂しかったんですかァ、という馬鹿にしたような優しいテノールに、そんなわけないでしょう、と目を逸らした。
下手な嘘吐き。耳が熱い。
こんなにも甘いキスがもらえるなら、角砂糖も悪くないかな、なんて、くるくると視線を泳がせながら。
20100215