あんなにも、きらめいていた。

*反射光と夢のあと*


 春が、近づいている。

 パンドラ本部に極近い、澄ました顔の小さな公園に私は、いた。
 贅沢に、酸素で肺をいっぱいにしてみる。そこには、色々な匂いがあった。萌え出始めた若草に、土が湿気を帯びてきたそれ、べらりと捲れた木の幹に、

「レイム、」

 ――あなたの、柔らかな石鹸。

 飄々と、風に乗るようにスカートをはためかせ、彼女はゆったりと階段を降りてくる。薄着のコートから、短くはみ出た指先。上着は昔に贈ったものだ。二年経っても、彼女は成長しないまま。アルビノを思わせる肌に、爪のオレンジがアクセントをつける。少し皺の残るブラウスはだらしなくよれているが、白く膨張する彼女の微笑みを見れば、そんなことはどうでもいい事か。
 ああ、また。唇が緩く弧を描いた。

「こんなところに、いたのね」
「私に何か」
「ええ、         」

 瞬間。暴風が世界を煽った。
 轟(ゴウ)。という音がした――ように思う。私は余程、その続きを聞きたくなかったのだろう。時間が止まった気がした。彼女の唇が動いていた。
 言葉が聞こえた気がした。いや、唇を読んだのかも知れない。それでも、信じる気にはなれなかった。

「……今、何と」
「だから、」

 「さようならを言いに」、は、大きく凪いだ見えない壁によって遮られて、聞こえることはなかった。

 数秒、竜巻のように起こっていたそれは次第に小さくなっていく。木々が騒いでいた。眼鏡が、粉塵の所為で傷だらけになっている。だが、それを盾にして無理矢理に目を開いた。

 彼女が笑っていた。
 漆黒を背景にして、尚笑っていた。
 私は手を伸ばした。精一杯に伸ばした。彼女もまた伸ばした。重なることは決してなかった。

 やがて、無音は空間を覆い尽くした。
 短い間の出来事だった筈なのに、太陽は燦燦(サンサン)と照りを強くしている。

 理解。理を解するというその字の通り、私の脳は全てを受け容れた。
 時が来た。そういうことだったのだ。
 分かっていた。のに、涙腺は緩み、顎を伝って零れ落ちていった。

 暫しの放心を、正気に戻させたのは、眼鏡にちかり、と光を与えた小さな何か。
 五寸程先の地面の上に、オレンジ色の爪が一枚落とされていた。
 その反射光は、ちろり、ちろりと太陽に呼応してきらめく。こんなにも、存在を誇示してきらめいている。

「あなたという人は」

 意気消沈悲嘆感傷に浸るべき筈のこのタイミングで、浮かび上がり広がったのは赤い鼻の微笑み一つ。
 オレンジを掴み取ろうとして、また、風が吹いた。
 匂いの無かった世界が纏っていたのは、言葉にするには優しすぎる、温かな石鹸の匂い。

 身近な夢の後に残ったのは、ほんの少しの淋しさと、あなたへの想いでした。

20070302
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