爪が白い。

 足元で凪いだ風に、先程まで暴れ狂っていた砂埃が静まり、止まる。
 首都の一角とは思えない、薄汚れた公園のベンチ。出来たてのころは美しかったはずの白が剥げて、金糸を掻き笑う彼の尻の下で、重く大地に根を張っている。
 陽の見えない昼下がり。
 落ちぶれた蟻は、凍えて、土の中に。

「暗いね、今日も」

 子供の体温というのは、どうも大人より高いものらしい。
 十年前に見たままの姿で、血色のいい小さな唇を震わせて口にする、自然で、彼にしては不自然な言葉。
 少しばかり怪訝さを含ませた、いつもよりフラットな声。

「太陽が低いし、雲が出ている。ここ一週間ぐらい、この調子だな」

 これ以上感情を読まれたくなくて、逃げるように、分からないフリをする。
 彼は気づいている。
 潰されたように掠れた喉からは、少し苦い声しか出ない。

 鼻の奥が凍りそうなほどに冷たい空気をゆっくりと吸いこんで、彼はそうだね、と結んだ。

 陶器のようになめらかな頬が、不意に降り始めた白粒を溶かす。
 ハーフパンツからむき出しになった膝は零度を下った世界に紅潮し、小さな肩が強張り、全身に力を入れるのがわかる。
 だが、そんな力の入れ方も初めて見た、”おだやかな”姿で。

 何故だか、ひとりぼっちのような気がした。

「ギル、寒い。帰ろっ」

 灰色が差さない、澄んだ子供の声で、俺の帽子を奪って。
 微笑んだ容貌は、まるで地上の太陽だった。

 ボサっとしてると、先に戻って暖炉を独り占めするからな!

 そうしてすれ違う瞬間に、制止していた風が、大きく暴れた。
 二種類の風だった。
 彼の背を押す風。俺を押しとどめる風。

 ふわり、ふわりとこぼれおちる雪。
 とけずにうばわれた帽子のうえでじっととどまりつづける。
 背中にかんじたのは、かれのなつかしいたいおん。

 俺は気づいている。
 彼が変わり始めたことに。

 十年を経て変化を選んだ少年は、いつまでも縋りつく従者を後に前進し始める。
 幼さを捨て青年となった鴉は、一人で羽ばたくことを恐れて、支えることと圧し掛かることを錯覚する。
 ふと、胡散臭い銀髪の言葉が頭を過ぎった。

 黒い癖のある髪に雪はちらついて、その重量で地面に倒れそうになる。
 彼のいない、狭い公園はこの目にはおぼろげで、霧がかったブリキのように見えた。

 ぽつり、ぽつりと残された足跡。
 遠い思い出。空の彼方。
 太陽には手が届かない。

 彼を踏み出させるのは、新しい追い風。
 俺を踏みとどまらせるのは、甘ったるい古い葡萄酒のような、向かい風。

 追い風、向かい風。

 爪が白い。
 何故だか、ひとりぼっちのような気がした。

 肩が、雪に濡れている。

20100207

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