陳腐な話、太陽なのだ。
*唇が綻んだら*
ずるり、と何かが抜け落ちたような気がした。
四つの部位から成る心の臓に、気泡を入れた感じ。そんな穴が、侵食するように広がっていた。
(ボクのせいだ)
自責の念に意味など無い。涙は根が枯れて嗚咽しか漏れることはないし、カーテンを閉めた窓に自分の隈が映ることもない。宛がわれたベッドに座り、目に入るのは胸元から腰の上位にまで巻かれた包帯の螺旋。『彼』の行方のようだ。先が見えない。
「。ぼっちゃん」
舌に乗った、口にし慣れた単語は、唇をする。と撫でるだけで、酸化して地面に融ける。生白い肌は、回復に向かっていた。けれど、ボクの心は一向に快復しない。出来ない。――させない。
くそ。と小さく毒づいた。それすらも、地へ。
一体、彼はどこなのだろう。ぐうる、と部屋を見渡しても、不健康なほどに清潔な匂いが鼻腔を満たすのみ。くう、と腹が鳴った。減ってはいなかった。なのに倦怠感は段々と増すばかりで。冷たい指がシーツを弱弱しく握り締めた。
くやしいくやしいくやしいくやしいくやしい。
泣けない喉だけがまた鳴った。そうしたらまた、彼の為に遺した傷が――消えかけの傷が、痛んだ。心の何かが膨らんだ気がした。
(信じて、みようか)
あの、帽子の男の話を。
裏切ってでも良い。本当に彼を取り戻せるなら。
探し物が見つからない。そんなとき、無くなったのだ。と、簡単に諦めきるのは、弱い人間なんだと思う。信じ続けるのは、勇気の要ることだから。だが、それは強いこと。ボクが彼を信じずして、誰が彼を信じられる。一番近い存在はボクだった筈――否(イヤ)、ボクなんだ。
ボク達ヒトは、理解しあうことなんて出来ない。相手の理(コトワリ)を解(カイ)するなんて、不可能なことなんだ。自分の存在すら、あやふやなものなのに。
だから一つになれない。だから抱きしめあうことが出来る。
一週間くらい放置していたカーテンをさあ開こう。埃が、燦燦と舞う太陽の前に散る。その一つひとつが、下らない存在である筈のそれらが、きらきらと視界を彩るのだ。そして確信を得た。取り戻せるんだ、と。
なくしもののあと、唇が綻んだら、きっとそれが合図。
真昼の太陽はほら、こんなにも近い。眩しい。もしもこの天体が無ければ、世界は闇に包まれるだろう。
陳腐な話、ボクは彼が居なければ輝くことが許されない。その存在が目の端に映れば、太陽は昇る寸前なのだ。
「ぼっちゃん、」
待っていて下さいね。
罵りも、軽蔑も、何もかも振り払って前に進んでやろう。その先に有る希望だけを見つめていれば、道は一直線。逡巡にメリットは見出せない。
手を伸ばせ。信じたところに、ボクはいる。
心を手に入れた、握っていた手の平には、くっきりと爪の跡が残っていた。
20080331