だからオレは決意した。
*しとしととあめながれ*
「また雨だ」
「季節の変わり目だからな」
トントントン、と切れ目のない包丁の音がする。先月まで乾いていたそれも、今ではすっかりと湿り気を帯び、鈍く刃(ヤイバ)を受け入れるだけ。
白いまな板の上で人参のオレンジが一欠け転がった。
「うざったいなあ」
窓を開けば、速度の変わらぬ雨音が灰色がかった視界とともに零れてくる。翳した手が、ほた、と濡れる。指先から落ちていった雫は、さながらオレの――
「出来たぞ」
ぬうと目の前に差し出された皿には出来たばかりのクリームシチュー。まろやかな匂いが鼻腔を刺激して、唾液がじわ、と溢れてくる。
おいしそうだ。と、振り返り様に友人に賛辞。湿度に絡まった黒い髪は癖だらけ。だが彼は照れたようにはにかんで、「ほら、早くテーブルにつけ」と頭に広い手の平を乗せた。熱が蒸発するような体温は今も昔も変わらない。
飾り立てるのが嫌いで、考えを隠すのが下手で。料理だけは滅法上手くて、重い荷物を一緒に持ってもくれる。そんな人間で、未来永劫も居続けてくれるだろうか。
「やっぱりおいしい」
スプーン一掬いに、舌の火傷してしまうほど熱いスープ。唇を軽く突き上げて熱を引かせると、膨(ボウ)、と上がる湯気。思わず笑顔が浮かんでくる。生きていて良かった、を思う。
すると突然、ちくりと心臓に針が刺さった気がした。
何故か、生きなくては、と思った。
「あ……はは、ははは」
問いの答えを見つけてしまうと、随分とそれは簡単で、馬鹿らしくも笑えてきてしまう。問いから答えへの自己完結。ぐるりと一周した、地球にも似た思考は肯定を手にした。
飾り立てるのが嫌いで、考えを隠すのが下手で。料理だけは滅法上手くて、重い荷物を一緒に持ってもくれる。そんな人間で、未来永劫も居続けてくれるだろうか。
答えは、イエスだ。そして、オレはその傍に居たい。オレはこいつを肯定する。だから、オレ自身の肯定をも意味する。
オレは、ここに居てもいいんだ。
「一体何なんだ」
笑い続けるオズに嫌気が差したのだろう。ギルバートは苛立ちと不思議の感を隠すこともなく、怪訝そうに視線をこちらに向ける。さああ、という雨音が実に麗しい。
ああ、口には出せない。二人が二人、照れてしまうから。
「料理、」
「は?」
「おまえの料理、オレぐらいしか美味しいって言わないんだろうな、って思って」
だから、そ。と温かな気持ちは宝箱の中にしまうんだ。遠まわしの比喩に、思いを散りばめて伝えて。
余計なお世話だ、と怒鳴るように言って、なのにその瞳は嬉しそうに煌いていた。
オレの所為、オレの所為とばかり嘆いていた、彼の大きな傷。遠く過ぎ去った過去に、想いを馳せるなんて小さすぎてださすぎやしないだろうか。季節は変わり、初春。雨に晒され、痛んだ枝枝の先には薄桃色の蕾が色付く。その開花はまた、見た人々を癒し続ける。流れていく時間に、宝箱を添えてみよう。一点の曇りもない、切ない気持ちの残るあのときの記憶を。これからも見続ける、だれかの笑顔を。
その笑顔の為に、オレは前を見つめなくては。
だから、生きなくては、と思った。
「ギル、だいすき」
「……いきなり何を言い出すんだ」
「いきなり思いついたから、言ってみたんだ」
「……」
「で、」
ギルはオレのこと、すき?
雨にも流れないその慕情だけは、緩やかに肯定を促して。また二人、笑った。
Thanks for 霧月様!
20080326