その背中に、背伸びをしても届かない。

*taller than*


 ずるいと言って、何が悪い。ぐい、と引っ張った袖口から怪我の跡の残る肌が露わになる。黒い服とは対照的に案外白いそれが、ずるりとオズの肩を引き離し、

「何なんだ、おまえは」

 と、怪訝そうに呟いた。

「大きくなったんだもん、」

 つまらないよ。

 立ったまま、襟を正すギルバートを刺すようにじ、と見つめていると、やはり目障りそうにこちらに視線を遣ってくる。昔はあんなにも可愛かったのに、大人になった。やはり、

「つまらない」
「だから何が、」
「15センチ」

 せめて、15センチ頂戴。

 頬を膨らませて文句を言って、彼は一瞬呆気に取られ、察したように直ぐに喉を鳴らして笑い出した。
 ……オレとしては、本気なんだけど。
 構わず、彼は笑い続ける。口を一杯に開いて、あ は はと腹を抱えて。感情を抑えない彼の笑顔は。彼の、笑顔だけは、昔とは変わらない永遠だった。

「馬鹿か」

 呵呵大笑はどこへ。
 ぷっつり切れた笑い声が、うっすらとした温かい微笑みに変わり、朝焼けに溶けそうな帽子がとさ、と頭に乗せられる。クローゼットの隣にある鏡が、少しばかり背が高く見えるようになった自分の姿を映していた。
 指でなぞる、唾の感触が気持ち良い。

「背中は、秤(ハカリ)じゃないんだ。そりゃあ勿論、多少の背があったほうが良い時もあるだろうが。時が来れば、伸びるものだから」

 焦らなくても、良いんじゃないか。

 男のそれにしては、形良く唇が谷を作る。黄金の瞳には、紛れもなく小さな自分が映っていた。
 そんな表情に、どうしてだろうか。生唾を飲んでしまう。
 カッターシャツに透ける鎖骨なんて、骨ばっていて大人っぽくて、

「はあ、」

 やはり、溜息を付いてしまって。
 彼は、やはり怪訝そうに。また、首を傾げた。

 身長は、肉体のそれだけではない。
 精神のそれをも、意味しているのだ。
 自分の上を行く、親友がもどかしくて。負けているような気がして、仕方がない。

 ぐい、と背伸びをして黒い髪を引っ張った。よろめいてつんのめる、青年カラス。鼻と鼻が近づく距離で、彼はただ目を点にするばかり。

「なんだ」

 つまらない。

「別に、」

 くしゃりと握っていた絹糸を解こう。手の平に、その温度が暫く残っていた。



(もう少し、待っていろ)

Thanks for ピアリ様!
20071217

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