海の砂みたいに、さら、さら。さら、
*夢に託す*
正直言って、困惑している。
適切な表現が見つからない、この感情。下手に言葉を紡ごうとすると、どもってしまいそうになる。
こんなこと――自分の胸元に顔を寄せる少年を見つめる――、初めてだ。
腿に、湿り気を感じる。多分、こいつが零した涙。千切れるほどに引っ張られているシャツは皺だらけ。ず、と鼻を啜る音が聞こえ、震える手で頭を撫でる。濁った嗚咽のようなものは、その手に力を加えさせた。
柔らかい。飴細工のようだ。熱を帯びた金髪はくしゃりと握りつぶしてしまえばくっきりと跡が付きそうだし、まださして肉のついていない体は支えていなければぐらりと倒れ割れてしまいそうに。この華奢な存在を支えていたのが、唯一精神だけであったというのが逆に驚きというもの。感情を露呈してしまうのが人間なのだから、今の状況は自然なことなのだ。そう思い至ると、幾分か。混乱は収まった。
気付かれないように時計に目をやると、まだ早朝。体が重く感じて目を覚ましてみると、しがみついていたこの子供。曰く、怖い夢を見た。という。どんな内容だったのか。それは言いたくないようなので問わずじまい。とにもかくにも、彼をこんなにも怯えさせるものであったことには違いはないらしい。
「よしよし、大丈夫だ」
背中にほのり、冷たい壁の心地よさ。体重を預けるオズの背が冷えているのが気になって、空きの手でその頭ごと毛布で覆ってやる。体温の残るそれは、まどろみに向かう感情のように暖かい。ベッドの隣に置いてある、小さな棚の上の灰皿には火の消えた煙草の灰。ぐい、とその顔を上げて、睫毛についた涙を親指で拭ってみる。視線を逸らす翡翠色二つ。少し赤く染まっていた。
「おまえは、ずっと。オレと一緒じゃなきゃダメだ」
枯れそうな声で、拗ねたような。そんな声で。オズはぼそりとそう漏らす。短絡的な思考だが、何が彼にそう言わせたのかだけは分かる。
嬉しい反面、悔しさを覚える。
昔には有り得なかった、素直に涙するという彼の行動。それは、きっと彼の成長を意味していて。幸せと同時に、涙させる状況を作れない自分。涙させるくらいになるまで、その辛さを感じ取れない自分が憎たらしい。
夢一つに、この号泣は有り得ない。蓄積した何かがあって、初めてのこれなのだ。そう思うと、背中をさする自分の行為が裏切りのようにも感じられた。
「馬鹿か」
クセのついた髪をわしゃりと乱せば、気だるそうにやめろよ。と苦笑交じりに手を解く。こいつは、オレの笑顔を見てほっとしているんだろう。だが、この微笑が本物でないことはきっと。分かっている。ずるいもんだ。自分のことはひた隠しにして、ある時まで吐露させないくせに。人のことは散々に理解していやがって。
ぽつん、と突き放されたような感情が。妙に虚しいんだと。涙の跡を残す頭を抱きとめて、改めて実感した。どれだけ近くても、遠いということも。
「オズ、」
「ん」
だが、夢一つ。それが、こんな風に彼に感情を与えて俺に近づけてくれるというのなら。託そうと思うんだ。頬も花も、青ざめた白じゃない。血の通った色をつけることが出来るというのなら、夢に託したい。
「夢を見たら、また。呼んでくれ」
彼の悲劇は、彼の力になり。その融けた感情は、オレがしっかりと背負っていくから。
海の砂みたいに、さら、さら。さら、と。その涙が鈍った心を優しくほぐしていけばいい。
Thanks for 泉水様!
20071207