大きく吐き出した息。中に混ざったのは憎悪にも似た、歪曲した愛。

*歪曲恋物語*


 ずち、と背中が重くなる。圧し掛かってきたのは、弟の軽めの体重。シャンデリアの明かりが、ぱ。と、揺れる。だらしなく、流れる雨が伝う硝子窓に映る自分達を見て溜息一つ。抱きしめる腕をちぎるように剥がし取った。

「寒い、って言ったじゃない」

 不満げに、オッドアイはそう漏らす。だがそれは表面だけで、表情は遊び足りない子供のように悪戯な微笑みを湛えている。そうとはいえ光の反射の関係で、こちらから見えるのはワインレッドの瞳が埋められた右半分だけなのだが。
 ぬるくなっていく香水の残り香が、すん、と匂う。

「別に、そういう意味で言ったんじゃない」

 懲りずに指先で腕を引く男に、幾度も反抗するのもなんだか面倒で。存在すら薄っぺらな体が二つ重なり、耳元で「兄さん」と甘酸っぱい吐息が漏れた。カ。と雷で世界が眩しくなり、轟音と共に消え去る部屋の灯火。また空が光る。シルエットが随分と綺麗に浮き出て、眼を逸らしたくなった。柔らかい唇が、癖のあるオレの髪を撫でる。摩擦で耳に残る衣擦れの音。また振り出し。体制は整えられ、床に組み伏せられる形となる。夜眼が利いてきた鴉(カラス)の瞳は、その唇の弧を見つけるが逃れる術などなく己のそれを覆い満たされるだけ。生白い肌が首元にちらり。地面にへばりつく背は凍えそうに冷たいというのに、絡む舌は妙な熱を帯び快楽を欲していた。

 粘着質な音と、滴り、服を濡らし床に零れる唾液。舌の先端の細まった部分をくわえ込もうと躍起になり、引っ込められた相手のものを追いかけようと更に奥に入り込んでしまう。ぎち。と茶髪を握れば、痛みを悦楽と間違えたようにクツクツと笑い出す男。局部的に影を落としているその顔は艶かしく、鳥肌が全身を襲う。ざらついた舌と舌は、ゆるく絡まり決別し、軽いリップノイズを合図に離れていった。
 は、と息を荒げるオレの前で、ヴィンセントは平然とカッターシャツのボタンを外す。露わになったのは、オレのとは違う、傷一つ無い艶のある白い肌。飲みきれない生唾が喉を通る。だが彼は、それを脱ぎ捨てるということはしない。

「ふふ。駄目だなあ、ギルは。こんなに唇を汚しちゃって」

 はしたない。
 そう言いながら、その指でオレに反論をさせまいと口腔に忍び込ませるのは冷たく細い指。それが歯列をつる、と撫で回し、言葉を紡ぐ場所さえも陵辱していく。湧き上がるのは恥辱と悪寒。だが、その手が止まることを知るはずはない。

「震えてるね。どうしたの。体をこんなにも強張らせて」
「性格の……悪い奴だ」
「うん、知ってる」

 肌蹴たシャツの下で、這い回る汗ばんだ腕。赤いキスが、首にも胸にも落ちていく。にゅるり、滑りこむ体温に思いがけなく反応する体。その度に「いけない子だ」と、だるく甘い心地良い声が鼓膜を震わす。
 停電はまだ直らない。雷が時折、その長い髪を煌かせ、汗に鈍い輝きを持たせる。

「ぐ……ッ」

 唯一制御の保てていた声が不意に漏れた。指は既に下へと伸びている。驚いて掴んだベッドのシーツ。引き摺れば落ちてきたのは綿のはみ出た人形達であった。何故か、その視線がこちらに向いている、気がした。するとやはり、男はオレの考えを見透かすように言葉を紡ぐのだ。

「ほら、皆が見てる。恥ずかしいね。兄さん、」
「これが、」

 お前の言う、『愛』なのか。
 よく分からない白濁した液体を唇に撫で付けた弟は、一層深く嘲笑を浮かべて「うん」とオレの髪をわし掴みキスを。頭皮に、鋭い痛みが走る。
 カ。また、雷光。その黄金と赤紫には温もりがない。辛うじて、彼の体から熱を感じるだけ。柔らかい絹糸が律動と共に大きく広がり舞い上がって。頬を優しく、たまにひどくきつく叩く。

 思わず大きく吐き出した息。中に混ざったのは憎悪にも似た、歪曲した愛。
 これを受け入れているオレは、多分コイツと同じように

「歪んでるな」

 その一言に、びた。と止まる動き。呼吸に少し余裕が出来て、大きく酸素を取り入れる。返事がないことを怪訝に思いその顔を覗き込めば、珍しく目を丸くしてこちらを見ているヴィンセント。だが、それは一瞬でもとに戻って。

「そうだよ」

 刹那、爪を立てて弟の肩を握ってしまったのは、我慢が利かないほどの快楽を一気に与えられたから。無理矢理に抱き寄せた胸から、落ち着いた鼓動が聞こえてくる。汗と髪が絡みついてなかなか剥がれない。

(剥がせないのは、心。か)

 考えるのも面倒になって、諦めて泥沼に入り込んだ25:23。
 部屋の明かりが戻っても、二人は闇を彷徨うばかり。今宵、屋敷の窓から映し出されるのは一つの舞踊。周囲に座り込む小さな観衆は拍手するわけでもなく、ただ。この見世物を夜が明けるまで見届けるだけ。

 歪曲恋物語。未だ終焉の兆し、見えず。

Present For 匿名様/Thanks!
20071123

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