カリカリとペン先を滑らせ、紙とインクが交わる音がする。
 エリオットの自室は、とても明るい。本棚にはびっしりと分厚い本が順に並んでおり、そこからは年老いた木の匂いがする。

 開いた窓からは、庭園の花の名残が風に乗って部屋を舞う。
 テーブルを挟んで、ドア側にいるリーオは、ふう、と一息つくように眼鏡の位置を正した。

 流石に、こんなにも課題が多いと、結構しんどいよね。
 しんどい、なんて言う暇があるなら集中してさっさと終わらせろ。

「集中力なんてずっと持続するものじゃないんだから、適度な休憩も必要だよ。お茶、淹れるね」

 椅子の足が、床との摩擦でぎい、と鈍く騒ぐ。
 のんびりと欠伸をしながら、てきぱきと給仕室でクリーム色の艶やかなカップ二つにレッドワインの香り高い紅茶を準備して、部屋に戻る。廊下でメイドの一人にすれ違い、言ってくださったら私がご用意いたしますのに、と申し訳なさそうに頭を下げられるので、僕の趣味ですから、と口の端を横に広げて、リーオはぱたりとドアを閉めた。
 エリオットは、開いたままのノートをそのままに、両手をぐう、と後ろに伸ばしている。大きな深呼吸で、背中がふっくらと大きくなった。

「うん、結構頑張ったんだね、ほら、お茶」

 レポートの半分近くが仕上がっているのを見て、余程真剣にやっていたのだな、と微笑ましくなる。カップを手にしたその中指の第一関節には、たこができていて、筆跡の馬鹿丁寧な様子といい、なぜこんなにも手抜きができないのだろう、とも。それが良いところでもあるのだが。

「うまい」
「ありがとう」

 ついでにケーキもいかが、とこっそりと取ってきた苺のショートをエリオットの前に差し出して。
 悪いやつだ、と笑いながら、フォークで一口大に切り分けた。

 ぱらぱらとテキストがめくれ、太陽が地上を照らす。
 ふんわりとした生クリームに、少しだけ酸っぱい苺の味が、春らしい。

 そっと泳いでやってきた黄色い小さな蝶が、紅茶に濡れた銀のスプーンの上で、足を休める。

「頭を使い疲れたら、やっぱり糖分だね」

 再び外界へと旅立つ彼女の小さな体を、二人の視線が追いながら、暖かいもんだな、というエリオットのほっとしたような声が、小さく漏れた。

 まっすぐに差しこんだ光が、窓際の花瓶の影を、床に映している。

20100402


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