■奥村誕のお祝いコメント!
お誕生日おめでとう!
塾や修道院のみんなにたくさんお祝いしてもらって幸せになってね!

「コノヤロウ、大好きだ」


シンと静まり返った廊下を、足音が立たぬよう細心の注意を払いながら、歩く。
日付は二時間も前に変わってしまった。そんな遅い時間だ。
どこの明かりも消えているし、部屋から明かりが漏れているような様子もないので、恐らく兄はもう眠っているのだろう。

もしかしたら待っていてくれるのではないかと考えなくもなかったが、本当に少しだけだったので、そこまで落胆することもない。大体期待するだけ無駄なのだ。あの兄に関しては。
そう思いながらもため息が零れるのは、それでも雪男が心のどこかで期待していたからなのだけど。

慎重にドアノブを回して、できる限り時間をかけてドアを開ける。その甲斐あって一切音はしなかった。
部屋の中も静かだったので、燐のものかクロのものか、寝息が聞こえてくるだけである。

雪男はコートを羽織ったまま、やわらかく差し込んでくる月明かりを頼りに燐のベッドに近づいた。
暖房のついていない寒い部屋なのに、めくれてしまっている布団をかけなおしてやる。すっかりと緩んだ表情で眠る兄に余計な力が抜けて、雪男は目を細めた。

十二月二十七日。雪男と燐が十六になる日。
本音を言えば誕生日を迎えるその瞬間を一緒に祝いたかったのだが、突然任務が入ったのだ。仕方がないと無理矢理にでも納得するしかないし、過ぎたことはもうどうにもならない。
なんにせよ、もう日は変わってしまっているので。

「兄さん、おめでとう」

と、ベッドに手を置き無防備な顔に口付けようとして、寸前で止める。これじゃまるで、寝込みを襲うみたいじゃないか。
兄は眠っているのに、眠っているからこそ、居心地が悪い。かといって近すぎる顔に離れることもできない。変に意識をしたせいで、妙に体がこわばってしまって。
どうしよう。どうするべきか。静かな部屋で、燐の呼吸する音だけが耳に入ってくる。燐のものだけが。

そういえばクロは、と少し視線をずらせば、燐の布団から耳だけがはみ出ていた。なんだ、そんなところにいたの。微笑ましさに緊張が解ける。

離れようとベッドに付いた手に力を込めようとした瞬間、ぱちっと燐の目が開いた。

「ばーか」

「な、」

なにいきなり、と言う途中で襟を掴まれて、ぐっと引き寄せられる。咄嗟に手に力を入れた。が、どうやら遅かったらしい。
ガチッ、とひどい衝撃が歯にくる。

「いっ!」

あまりの痛みに、雪男は口元を押さえてその場にうずくまった。
歯が、というか鼻も、目のあたりも痛い。眼鏡が思いっきり食い込んだせいで、眼鏡と接している部分が全体的に痛い。
眼鏡を外し両手で顔を覆って、雪男は痛みに耐えていた。ベッドでは燐が体を丸めて、イテェー!と悲鳴をあげている。

自分がやったくせにと文句を言いたいところだが、いかんせん痛い。喋る気がしないし喋れる気もしなかったので、雪男は指の間から思いっきり元凶を睨みつけた。
ぐおお、と唸りながら、兄は雪男と同様に片手で口を押さえている。もう片方の手はというとシーツを強く握りしめていて、それによって出来た皺で、クロが眠りながら文句を言うように小さく鳴き声を漏らした。

何をしたかったんだ。と怒りはあるものの、何をしようとしていたかなんて分かりきっているので、もし今喋ることが出来たとしても口にはしなかっただろう。
キスなんて滅多に自分からしない兄は、やり方を知らないのだ。加減すればいいものを全力で来るものだから、だから歯が衝突するなんていう事態が起こる。眼鏡のこともだ。
キスをしようとしてくれただけで普段ならば喜ぶところだが、それとこれとは別である。任務で疲れたところにこんな歯の痛みがくれば、苛立つのも当然だった。

怒りを込めて鋭い視線をぶつけていれば、それに気づいた燐がこちらに視線を向ける。涙目に少し同情したところで、ぶっと燐が吹き出した。

「なんか鼻とか目までいてぇと思ったら、そっかお前、メガネ……っぶは!」

「……誰のせいだと」

体を震わせて爆笑する燐は、どうやらすっかり痛みを忘れたらしい。枕を抱きしめてまで笑う姿に、もはや怒りを通り越して呆れた。
第一、せっかくの誕生日なのだ。こんなことで兄弟喧嘩をするのも馬鹿らしい。
はあ、とため息をついて、雪男は眼鏡をかけなおす。
いつだって大人になるのは弟の雪男のほうである。そこに息苦しさや虚しさを感じることはなく、まったく兄さんは、と愛おしさすら感じてしまっていることは、まだ雪男の中で認めることはできないけれど。

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