■奥村誕のお祝いコメント!
おめでとうございます!もう、末長くお幸せにっ


一緒にお布団で「教えてお兄ちゃん」


声が聞こえた。

一つは耳に馴染んだ声。
もう一つは耳に馴染んでいた、声。
毎日聞いている声ともう聞くことの出来ないはずの声。

燐はゆっくりと辺りを見渡した。
建物も自然の緑もない。ただぼんやりとした闇が広がっている。
夜の訪れる一歩手前のような、濃紺と黒の混ざる不確かな空間。
頼りなげに声のする方向へ進んでみれば、ようやく二つの人影が見えた。
一つはすぐに分かった。

「雪男」

この声はちゃんと発生されたのだろうか?
自分の耳にはくぐもったようで、よくわからない。
影の人物にはちゃんと届いていたらしくすぐに振り返った。

「兄さん」

こちらを向いた薄闇ごしの雪男の顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。

「今、兄さんのことを話していたんだよ」

そう言って、雪男は燐の手を引く。
もう一つの影、もう一つの声の目の前に導かれる。
距離にして約1メートル。
それなのに輪郭はぼんやりとしていて、明確な像を結ばない。
―…それでも、その姿は。

「ジジィ…」
「よぉ」

影は右手を挙げて見せた。
そんな仕草がたまらなく切なく、懐かしい。

「お前、祓魔師になるんだって?また随分大変な道を選んだもんだなぁ」

呆れたような言い草に、条件反射でつい喧嘩腰になってしまう。

「んだよ!ジジィまで無理だって言うのか?」
「大変だって言っただけだろ?そうつっかなるな」

獅朗の右手が上げられる。その動きを伝うように群青の靄が流れた。
風が髪を揺らすように、かすかな感触が伝う。
獅朗の右手は確かに燐の頭にあるようなのに、ぬくもりも重みもない。

「お前、カンはいいんだからまぁなんとかなるだろ」
「……は、ってなんだよ」
「それじゃあ、カンも、にしてやる」

もう一度、髪の毛先が揺すられる。

「ヴァチカンの頭の固い奴らをあっと言わせてやれ!」
「…あったり前だ」

燐は顔を上げず、唇の端から絞り出すように返事をした。
聞くことの叶うはずのない父の励ましに、奥歯をかみしめる。
子供のころのように、抱きつけたらどんなにいいか。
燐のつま先の一歩先に、おぼろな獅朗の足の形。
自分の吐く息でさえ、揺れて掻き消えてしまいそうな危うさに触れることは叶わない。

「で、雪男は医者目指して猛勉強中か?」
「勉強はしているけど、医者になるかはわからないよ」

燐は自分の右に立つ雪男を驚いて仰ぎ見た。

「…え?ならないのか?」

雪男は困ったように、兄と父を見ている。

「必要がなくなったというか…」
「じゃあ祓魔師一本にするってことか?」
「それもいいけど…今は…」

朧な影でしかない獅朗が、じっと雪男を見つめていることが燐には分かった。
嘘もごまかしも許さないその目で。
雪男の口が、しばらくして言い淀んだ先を言葉にした。

「悪魔に、なりたい」

―瞬間、辺りは真昼の輝きを放ち、燐の視界から獅朗の影も雪男も消えてしまった。


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