渇き―其の3―

 



「総司……」


何の躊躇いも無く、差し出された手に困惑して、一君を見た


「苦しいのだろう?」

「君っ……まで、けだ……もの……扱い……するっ……の?」

「違う!!見ていられないのだ!!」


普段、声を荒げる事の無い一君


「頼む。呑んでくれ……」


訴える様な瞳に映る僕

(僕は……)

一君の手首を掴んで、傷口から溢れる血に恐る恐る舌を伸ばした


「っ―――」


傷口に触れた瞬間、一君が僅かに身体を固くした事に、慌てて顔をあげた


「ごめん!痛かった?」

「いや、大丈夫だ」


視線を反らす事無く答えてくれた事に、ホッとして再び傷口に舌を這わせた
暫くして、焼ききれそうだった喉の渇きも消えて、理性が僕の中に戻ってくる


「総司」


なかなか顔をあげない僕の頬に、一君の指が触れた


「気にする事は無い。何も変わらん……」

「何、言ってるのさ。僕は……僕は――!!」


勢い良く顔を上げた僕の目に飛び込んで来た一君の表情に、二の句も継げず、ただ目を見張った


「今俺の目に映るあんたは、沖田総司。新選組一番組組長、俺が唯一背中を預けられると認めた仲間だ。今までも、そしてこれからも……それは変わらぬ」

「無理だよ。僕はもう、人間じゃない……今見たばかりじゃない。僕にはもう、一君と一緒に戦えないんだ」


《ガッ――!!》

項垂れた僕の頬、容赦無く一君は拳で殴り飛ばした。突然の事に、その勢いで僕の身体は床に叩きつけられた


「何故、そう思う!?」


倒れた僕の身体に跨がり、胸ぐらを思い切り掴まれる


「何も変わらぬと、俺はそう言った。あんたは、俺が信じられない、そう言うのか!?」

「そんな事、言ってないじゃない!!」

「共に戦う為、選んだ道では無いのか?ならば揺らぐな。己を信じられぬのならば、俺を信じろ!!」


初めて見る。一君の真っ直ぐな気持ちが、心の中にすとんと落ちた


「だけど……あの人は、きっと認めないんじゃ無い?」


僕の声音が変わった事に、一君の手が緩んだ


「副長には、俺から話しておく。あんた以外の奴と共に戦うつもりは、一切無い」


何時もの、静かな一君声音


「ねえ、一君」

「何だ?」


未だ僕に跨がったままの一君の腕を掴んで、勢い良く身体を反転させた


「な、何をする」

「何って……それ、聞くの?」


一君の襟巻きを解いて、その首筋を、そっと撫でる


「や、止めろ。総司……」

「どうして?本気で嫌がってる訳じゃ無いでしょ?」


押さえつけた身体を、押し返そうとする仕草は、見せかけ


「駄目だ。今夜は……体調も優れぬだろう。大人しく寝た方が、良い」

「さっき、一君が血をくれたおかげで、元気一杯だよ。お礼に、たっぷり愛してあげるから……ね?」


視線を反らした一君の頬に、朱色が染す
まだ何か言いたげな唇を塞ぐと、観念した様に静かに目を閉じる


「僕には、君だけだよ。ずっと……」

「俺も、同じだ」


二人の吐息が混じりあう
全てを飲み込んでしまいそうな暗闇の中、分け合った熱と重なった鼓動が溶けて一つになる


何よりも大切で、誰よりも信じられる人、『斎藤一』
君が信じてくれると言うなら、僕も信じてみようかな?
新選組一番組組長『沖田総司』っていう人を―――





         〜終〜



 


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