▼ 罪の所在
「俺、沢渡っちのこと好きっス」
誰もいない教室、いるのは私と黄瀬だけ。
ファンの子に向けるのと同じような笑顔を私に向けて黄瀬はそう言った。
私は黄瀬のその言葉に返事をすることなく黙々とクッキーを口に運ぶ。
「だって沢渡っちは俺を責めないんっスもん」
ファンの子に向けるのと同じ、キラキラとした笑顔の裏に馬鹿にしたニュアンスと憐憫を含んだ笑顔を私に向けて黄瀬はそう言った。
私は黄瀬のその言葉に返事をすることなく黙々とクッキーを口に運ぶ。
「名前も知らない女から貰ったクッキーを沢渡っちは食べちゃうんっスもんね
俺だったら食えたもんじゃないっスよ
どんな神経してるんスか沢渡っち」
友人に向けるそれとはまったく違う、キラキラとした笑顔の裏に馬鹿にしたニュアンスと憐憫を含んだ笑顔を私に向けて黄瀬はそう言った。
私は黄瀬のその言葉に返事をすることなく黙々と誰が作ったかも知らない手作りクッキーを口に運ぶ。
「髪の毛とか爪とか血とか、入ってないっスか?」
「今のところは」
「……そうっスか」
黄瀬は腰掛けていた机からピョンと飛び降りる。
いつだったか左足を上げて組んだ方が俺、決まってるんスなんて黄瀬は言ってた気がする。
「あーあ、残さず食べちゃった」
「美味かったよ」
ラッピングしてあった袋を折り畳んで仕舞う。
教室のごみ箱にラッピングを捨てる気にはなれなかった。
「いくら美味しいって言ったって俺は爪とか入ったクッキーなんて食えないっス」
「だから入ってなかったって、それにクッキーに罪は無い」
クッキーに罪は無い。だから捨てるのは申し訳無い。
クッキーをくれた子に罪は無い。だから食べないのは申し訳無い。
「…じゃあ何っスか?俺が悪いとでも?」
「別に黄瀬も悪くないよ。黄瀬は受け取った、それで既に相手は充分喜んだでしょう」
クッキーの子は黄瀬に手作りクッキーを渡したかった。
黄瀬は手作りクッキーを受け取った。
その時点で相手の欲求を満たすことは成功していて、その後のクッキーをどう処分するかは黄瀬しだいだ。
相手が勝手に渡したかった、それを受け取ってあげたんだからそれ以上を求められる筋合いも無い。
「黄瀬は優しいね、受け取ってあげた上に捨てないであげたんだ」
「……俺、正しいっスか?」
その答に私は微笑みだけで返した。
黄瀬は何を勘違いしたのか嬉しそうに私に縋るように抱き着いた。
あぁ、甘ったるいな。
クッキーも、黄瀬も、私も。
誰も正しいなんて私は思ってないよ、勿論私を含めて誰も正しくなんかないんだ。
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