短編 | ナノ


▼ 一目惚れ

朝、いつも通り通学していると突然見知らぬ男子に腕を掴まれた。
驚いている間にも男子生徒はぐいぐいと腕を引っ張ってくる。何事?と必死に聞いてみたけれども男子生徒は「話がある、ついて来てくれ」という言葉だけだった。
気付けば人気の無い場所に連れてこられてしまった。

腕を離されて男子生徒と向き合う。緑のネクタイ、二年生。同級生。
黒い髪と夏の海を閉じ込めたような綺麗な瞳が印象的。
イケメンである。真剣な顔をしているからってだけかもしれないけどなかなかのポーカーフェイス。
パッと見普通なんだけれども、独特の雰囲気と微かに香る塩素の匂いがする。
こんな子と一度でも接点があれば忘れないと思うんだけれども私の記憶ファイルには彼と合致する知り合いはいなかった。

彼はスッと息を吸い込んで真剣な目で私を見た。

「好きだ」

「え…?」

「好きだ。付き合ってくれ」

「え!?ええ!?」

突然の告白に顔が赤くなってしまう。
彼も頬をぽっと赤くしているが私を見つめ続けている。

「どうなんだ?付き合ってくれるのか?」

「つ、付き合うも、なにも…ごめん、私キミの名前知らないし、初めてキミのこと知ったし…」

硬派かもしれないけれども私は付き合うならちゃんとお互いのことを知ってお互いに好いている人と付き合いたい。
最近では女友達グループと男友達グループであの子が今一人身だからあいつとくっ付けたらちょうどいいじゃん、みたいなパズル感覚だったり
寂しさを紛らわせるように、彼氏がいるという状態を一種のステータスだと考えたりする子たちがいるけれども私はそういう感覚で誰かと交際はしたくなかった。

「大丈夫だ」

「…何が?」

聞けば彼は平然とした表情で


「俺もあんたの名前を知らない」


と、当然のように答えてきたのだ。

「は…?」

「俺もあんたの名前を知らない、あんたも俺の名前を知らない。でもこれから知っていけば何の問題も無い。
とりあえずあんたのことが好きだ。付き合って欲しい」

「いやいやいやいや、意味がわからない、私の理解の範疇を超えてる」

ブンブンと首を振ると彼は少し面倒臭そうな顔をした。
面倒臭いのはコッチだよ!!!

「二年一組の七瀬遙だ」

「二年四組の沢渡和泉、だけど…」

名前を名乗ると、七瀬くんは小さな声で「沢渡和泉…」と私の名前を呟いた。
七瀬くんみたいなイケメンに名前を呼ばれるとなんだかドキッとする。

「和泉」

「よ、呼び捨て…」

「これで名前を知らない仲じゃない、和泉、付き合ってくれ」

「だ、だから…そういうことじゃないんだってば!!」

なんなのこの七瀬くんって人!
なんでドヤ顔で手を差し伸べながら告白してくるの!!

「じゃあどうすれば俺と付き合ってくれるんだ」

「そ、それは…お互いのこと、もっと良く知ってから…」

「俺の好きな食べ物は水気のある物、特に鯖が好きだ。水が好きだ。泳ぐのが好きだ」

「えっと、私は和菓子とか甘い物が好き…って、だからぁ!」

「それから、沢渡和泉に一目惚れした」

「っ…!」

だから、だから、だから、なんで七瀬くんはこんなにグイグイと攻めてくるの
最近のブームは草食系男子でしょうが、肉食系なの?!肉よりも野菜の方が水気があるよね?ってそういう意味でも無いか

「他に俺の何が知りたい、何を知ってもらえれば付き合ってくれるんだ?俺は和泉の何を知ればいい?」

「あ、う…だ、だから…その…」

口篭る私の言葉をじっと七瀬君は待っている。
その視線を感じて視線をキョロキョロと彷徨わせてしまう。

「わ、私と付き合いたいなら…もっと沢山、沢山七瀬くんのいろんな顔見せてよ、一目惚れが悪いわけじゃ無いけど、そんな一瞬だけで私のことを決めないで
ちゃんと私の心とか性格とかしっかり見て好きになってよ、もっと時間をかけてじっくり決めて。
私にも時間をちょうだい。このやり取りだけじゃ七瀬くんに恋なんてできない」

七瀬くんは目を見開いた。
それからジワジワと顔を赤くしていってプイッと顔を逸らしてゴツゴツした大きな手で口元を被った。

「七瀬、くん?」

「…やっぱり和泉のことが好きだ」

「な、まだそういうこと…!」

「違う」

チラリと視線を向けてきて眉を下げた七瀬くんは何かを堪えるような表情でゆっくりと口元を被う手を外した。

「和泉がきっとそういう性格だから、俺は一目惚れしたんだと思う」

チャイムが鳴り響く。
HRは遅刻確定だ。
弾かれたように二人で走り出してそれぞれの教室にわかれた。


「おはよう、和泉が遅刻なんて珍しいね」

「あはは、ちょっとね」

HR後友人に声をかけられて苦笑いを返した。

「ねぇ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど…一組の七瀬遙くんって、どんな人?」

一目惚れしたと言われた。
七瀬くんは本気で告白してくれていた。

だから私は七瀬くんの気持ちにきちんとした答えを出すためにちゃんと七瀬くんのことを
知りたいと思った。
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