短編 | ナノ


▼ 遙とようじょ

「よろしくおねがいします!」

そう舌足らずに挨拶をして頭を下げた少女は大袈裟な程笑顔を顔に貼付けていた。



和泉を一人残して和泉の両親は交通事故で先立った。
不幸話しの題材としてはよく聞く設定だと思ったが、現実にそんなことがあるのかと少し哀れんだのが最初。

子供が一人増えただけで、一人が二人になっただけだし和泉は聞き分けのいい子供でしっかりしていたから特に気を配る必要も感じず、俺は一人暮らしをしていた頃と変わり無く生活していた。
和泉は静かな子だ。
挨拶は大きな声でという小学校の方針からか挨拶だけは声を出すが、それ以外の会話は無い。

だから俯いた姿勢で夕飯を食べている最中にその小さな体がぐらりと傾いて倒れるまで和泉が体調を崩しているなんて気付かなかった。

「おい!」

「…」

「しっかりしろ!」

「…はぁっ、はぁ、め、さ…」

「大丈夫か!?」

小さな口から荒い息の合間に挟まれた意味を持つ言葉に耳を傾けた

「ご…めんな…さい…」

真っ赤な顔をしてうつろな目をして繰り返し紡がれる言葉は謝罪だった。
何に対しての謝罪なのかわからなかった。
和泉は何も悪いことなどしていなかった。

どうすればいいかわからなかった俺は昔熱を出した時に看病された記憶を頼りに和泉を寝かせて冷したタオルを頭に乗せた。
救急箱の奥底で長年使われることが無かった体温計はなんとか機能してくれて和泉の体温を測ることができた。
その間に真琴に電話した。

考えられる限り今のところ一番頼れるのは真琴だと判断したからだ。

『ハルが電話してくるのって珍しいね、どうかした?』

「和泉が倒れた」

『…え?』

「熱があるらしい、どうすればいいかわからない」

『えぇっ!?と、とにかく行くから!そうだ、薬は?!薬はある?』

「無い」

風邪なんて小学生の頃以来引いた覚えが無い。
当然薬もあるわけが無かった

『うちにある薬とか持って行くから…いざとなったら救急車呼んで』

「わかった」

電話を切ってからまだ苦しそうに呻いている和泉から体温計を抜き取る。
38度5分、大人でもなかなか辛い高温だ。

「体調が悪いならなぜ言わなかった」

「ごめん…なさい…」

和泉の目からぽろぽろと涙が零れ落ちる。
それを拭おうと手を伸ばすと、和泉はびくりと肩を震わせた

「もう、めいわく、かけません、から…おい出さないで…」

弱々しい声で、譫言のように紡がれた言葉に思わず目を見開いた。

追い出す?

熱を出した子供を追い出す程自分は鬼では無い。
和泉にはそう見えているのかと思ったが和泉の意識はどうやら朦朧としているらしい

「やだ…やだ……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ…」

苦しそうに胸元を掻きむしる和泉の手を握ると和泉は病人とは思えない程の握力で俺の手を離すまいと握り返してきた

「母さん、父さん、やだ……やだ……一人にしないで…っ」

和泉は聞き分けのいい大人しい子供だと思っていた。
それは間違いで、和泉は寂しくて寂しくて仕方が無かったのだ。

うちに来る前は短期間だけだったが別の家に引き取られていたと母さんから聞いていた気がする。
きっと、その時に肩身の狭い想いをしたのだと想像は容易かった。

「わたしも、いっしょに…つれてってよ…」

「和泉」

名前を呼ぶと目をうっすらと開いた

「俺がいる、一人じゃない。…ここにいろ」

そう言うと、和泉は眉を寄せて唇を震わせた

「いいの?わたし、ここにいて、いいの?」

「あぁ、いてくれ」

そう言うと、和泉は張り詰めた糸が切れたように力を抜いてふにゃりと笑って再び目を閉じた。





「おはようマコさん!」

「おはよう、和泉ちゃん。ハルはまたお風呂?」

和泉が高熱で倒れてから数ヶ月、元気になった和泉はよく喋り笑う子になった。
元々の性格はこっちで、今までの方が異常だったのだ。

「またおふろだよ!わたしがしっかりしてないと、お兄ちゃんずーっと入ってるんだから」

ふん、と小さな胸を張って仕方が無いなぁと全身でアピールする。
お姉さんぶりたい年頃なのだろう。

「お兄ちゃん!マコさん来た!!いいかげんおふろから出なさい!」

返事は無いが、ザパッという大きな水音が聞こえたからきっと立ち上がったのだろう。

「和泉ちゃんはハルと一緒に入らないの?」

そう真琴が聞くと、和泉はボンっと顔を破裂させたように真っ赤にして真琴の足を叩いた

「は、はいらないよ!わたし、女の子だよ!!男の人とおふろに入っちゃダメなんだから!!」

ポカポカと足を叩く和泉に「あはは痛い痛い」と大して痛がって無い様子で笑う真琴。
その様子を風呂から出てきた遙が見てハッとして和泉と真琴を引き離した

「和泉に手を出したらただじゃおかないからな」

「……さすがに出さないよ」

何歳差だと思ってるんだ、と真琴は苦笑いする。
水着のまま上半身裸の遙に抱きしめられている和泉は顔をトマトのように赤くして遙の顔をぐいっと押して離れようとする

「はーなーしーてー」

「!!」

ショックを受けた遙の腕から逃げ出した和泉は赤い頬を両手で抑えながら走って逃げて行った。

「嫌われ、た…?」

「恥ずかしかっただけだと思うよ」

遙にフォローを入れながら真琴は微笑む。
少し前までは会話もしない二人だったのに今ではシスコンブラコンとも言える程の仲のよさだ。

出会ったばかりの居場所が無くて不安でいっぱいで、頑張って嫌われないように頑張っていた和泉ちゃん、もう大丈夫だよ。

きみの居場所はここにあるから。
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