短編 | ナノ


▼ 怜と陸上の先輩

「久しぶり」

「はい…」

部活後の帰り道、今日は渚くんは寄り道があるからと久しぶりに1人で帰っていると駅のホームで久しぶりに会う先輩と遭遇した。
陸上部の三年生の先輩、沢渡先輩。僕と同じ棒高跳びの選手だ。

「まさか竜ヶ崎が水泳部に入るとはね、予想外だったよ」

「…突然やめてしまって、すみません」

そう言うと沢渡先輩は笑いながら「謝る必要は無いよ」と手を振った。

「竜ヶ崎がやりたいと思ったことをやるのが一番だからね、他人がとやかく口出しするのはお門違いって奴だ」

「そう、ですか」

簡易な作りの駅のホームは視線を上げれば随分と遠くまで景色が見える。
伝線や電柱が邪魔をしているせいで見渡す限りの広い長閑な風景とはいかないけれども僕は沢渡先輩と見るこのなんの変哲も無い日常的な景色が嫌いではなかった。

沢渡先輩はあっけらかんとしていて、竹を割ったようなさばさばとした性格をしていた。
陸上部の女子に「沢渡先輩が男子だったら理想なんだけどな」と言われている姿を何度か見かけたことがある。

真直ぐに電線の先の景色を眺めている沢渡先輩の目が棒高跳びのバーを見るときと同じような真直ぐな目をしていた。

「引き止める気は無いけど、惜しい選手を逃したとは思ってるかな。
竜ヶ崎の記録、一年でもずば抜けてたし」

そう言いながら沢渡先輩はペットボトルの蓋を開けた。
こく、こく、と喉が音を立てるのを聞きながら目を伏せる

「コーチにこのままでは伸びないと言われました」

そう言うと沢渡先輩はチラリと僕を見てから飲むのをやめた。

「計算で飛ぶタイプだったもんね、それもかなり精密な」

「はい、最も美しい飛び方を割り出すためには計算が必要不可欠ですから」

「それだ」

沢渡先輩はぴしっと指を立てた

「冒険心が足りないんですわ」

「冒険心…」

沢渡先輩が頷いて笑う。
冒険心…それは計算で飛んでいた僕は考えたことの無い発想だった。

「水泳でも計算するつもりなら冒険心ってのを忘れないようにしてみたら?
ベストなフォームが割り出せたら別の計算式を試してみる、とかさ
竜ヶ崎にはまだ時間があるんだから何事も挑戦してみなよ」

そう言って沢渡先輩は少し寂しげに笑った。

それから気付いた。
沢渡先輩は数週間前の大会で入賞を逃して、もう退部したのだった

少しだけ開いた鞄からチラリと受験対策の赤本が覗いていた。

「……僕は、沢渡先輩に憧れて陸上部に入ったんです」

そう言うと沢渡先輩は驚いたように目を丸くした。

「中学の時からずっと沢渡先輩に憧れていました。
沢渡先輩の飛ぶ姿は本当に美しくて、僕も沢渡先輩みたいに飛んでみたかったんです」

でも、いつの間にか計算尽くになっていった。
僕は沢渡先輩のようにはなれなかった。

瞼を閉じれば沢渡先輩が美しくバーを飛ぶ姿を思い出す。
もう沢渡先輩は飛ぶことは無いのだろう。

「竜ヶ崎」

「はい」

「ありがとう」

沢渡先輩を見れば、沢渡先輩は少し照れたように笑っていて
夕焼けに染まる景色に美しく溶け込んでいてまるで一枚の絵のように感じて

あぁ、やっぱり僕はこの人が好きなんだ

と、胸を締め付ける感覚がした。
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