ナットさんより!


長閑な野生中の林。学校とはまるで異空間の緑に覆われた世界。部活の終わった帰り道、木々がそよぐ日陰に俺たちは居た。

「あー、あー、もしもし、聞こえます?」

「…聞こえない」

「ん?あ、糸がたるんでる」

俺と対称的に草むらでしゃがんでいる大鷲は、ピッと紙コップを引いた。

「…ていうか、これなに」

「あ、聞こえた」

事の始まりは昨日にさかのぼる。


意図電話



「…持っ、て、ないから」

嘘を付いた。

「…そうですか、解りました」

ほんの一瞬だけ戸惑った目を見せた後輩は、すぐに笑顔を見せケータイを畳んだ。

じゃあ、と去っていく後ろ姿を見て俺は、ああ、教えれば良かったかとほんの少しだけ後悔した。

嘘を付いた理由は酷く女々しいもので、俺が密かに望んでいた事を、突然大鷲から言われたから。
急な出来事に俺は「あ」だとか「う」だとか言葉にならない声を発するしか出来なくて、そんな俺を責め立てるがごとく、大鷲が不思議そうにじっと見つめて離さないものだから、俺はその場から逃れようと思わず嘘を吐いてしまった、んだ。

…俺だって、大鷲に連絡先を聞こうかと思い立った事がある。
だけど、もし、断られたら、返事が来なかったら、上手く話せなかったら、面倒だって思われたら、嫌われたら…嫌で、自ら想いを抑えると決めていたんだ。

それがまさか、大鷲から言われるだなんて。

言われた、のに。


「はぁ」

終わった。と心の中で呟く。
また大鷲が俺にあの話を持ちかけてくるなんて事はもうないのだろう。
へたりとしゃがみ込んで後ろ手に隠していた携帯電話をおでこの辺りで握り締めた。少しだけ、汗ばんでいた。


もう、話を持ちかけてくる事なんてないと、思っていた。


「香芽先輩、電話しましょう」


昨日と同じ午後練からの帰り道、昨日よりも明るい口調で大鷲が話掛けてきた。俺は一瞬眉を潜める。

「…だから、俺持ってないって」

苦み半分に嘘を重ねた。ああ、昨日嘘なんて吐かなければ。
そんな後悔も裏腹に、諦めるどころか大鷲はニヤリと笑ってみせた。まるで初めから答えが解っているようだった。

「知ってます。だから、これ」

大鷲は俺に紙コップをひとつ渡した。
「これで電話できるでしょう」と、再び笑顔を見せながら。


そして、今に至ると言うわけだ。
大鷲もまた紙コップを持っていて、それぞれの間には綿糸がピンと張られている。

「もしもし大鷲くん、質問に答えてないよ」

「もしもし先輩、これは糸電話って言うんですよ。小さい頃しませんでしたか?」

俺が喋ると手の内の紙コップがビリリと震え、大鷲が喋ると、またその震動が伝わった。

「そうじゃなくて、なんで突然電話なんか」

「何でだろうね」

何時にもなく大鷲は楽しそうで、しゃがんでいた足を崩すと暫く困ったように、んー、と空を仰いで見せた。

そして少しの無言の後、俺をじっと見て照れくさいように少し笑った。

「…最初は、フェイント。」

「え?」

「電話番号を聞いて、電話をかけても特に意味がないことを言う。そしたら先輩は、なんだコイツって思うでしょ」

ぽつりと話し始めた大鷲に「…よくわからない」と告げれば「良いんです。独り言ですから」と丸め込まれてしまった。

「…それで、徐々に先輩が俺のこと…変なヤツって思いながらも気にするようになって、そしたら、先輩を放課後呼び出して、告白しようかなって」

思わず、紙コップを握りつぶしてしまいそうだった。まるで、

「それ、…もう告白だろ」

「あぁ、確かに」
クスリと大鷲は笑う。

俺はもうひたすらにどうしたらいいか判らなくて、どうかこの小さな音も拾う紙コップが心臓の鼓動だけは拾ってしまわないようにと願った。

「でも、先輩に一回断られちゃって。もう諦めようかなって思ったんだけど…俺ちゃんと“まずは電話して、その後告白する”って決めてたから」


「…それで、糸電話?」

「はい」

家電という手もあっただろうに、この糸電話を思い付いた大鷲に思わず降伏する。
糸が緩まるから近付くことは出来ないし、かと言って糸が切れてしまうから離れることも出来ない。この曖昧な距離から逃げることが出来ないんだ。

「大鷲、」

「良いんです。最初に断られた時点でもう…。」

俺は違うと否定したかったけれど上手く声が出なかった。やっとの思いで喉まで声が出掛かったとき、大鷲の声と重なった。

「ですが、一応俺も決心したので、ちゃんと言わせてもらっても良いですか」

その射抜くような真剣な表情に、俺はただ頷くしかなかった。

大鷲はホッとしたように表情を緩めて、小さく深呼吸した。その吐息の震動さえ、糸を通して俺に届く。
沈黙を破るように閉じた目を開くと、俺を見て、片手で持っていた紙コップにそっと両手をそえた。


「ずっと、ずっと前から、俺は」

少しかすれた声が熱く響く。


「先輩が、好き」


俺の手は酷く汗ばんで、耳がじんじんと熱くなった。
もう、嘘なんか付いていられない。俺は大鷲と同じ様にゆっくりと両手で紙コップを持ち直し、固まった喉をこじ開け返事を告げる。

「…俺、も、」

ここまでが俺の精一杯で、口を噤んで顔を上げれば酷く驚いた顔の大鷲が居た。
時が止まるような静寂も束の間。俺の手はグイと引かれ大鷲に倒れ込む。何が起きたか理解するより早く、大鷲はポツリ呟いた。

「…もう一回」

「え?」

「糸が、弛んでてよく聞こえませんでした。」

もう間に糸電話はなくて、大鷲の声は直接俺の耳に甘く響く。

「嘘だ」

「…先輩だって嘘つきでしょ」

倒れ込んだ拍子にポケットからこぼれた俺のケータイを大鷲は横目を使って示した。

「ねえ先輩、」

「…」

「もう一回、…ちゃんと聞かせてください」


大鷲から逃げられないのは嘘がバレてしまったからか、掴んで離さない大鷲の腕のせいか、それとも絡まった糸電話が、指先から抜けないからか。
俺の、意志か。



「俺、大鷲が…………す、」


「先輩だいすき」


言わせたくせに言葉を遮って、大鷲は俺の口を塞いだ。



まさかこんな事になるなんて。

曖昧な縮まらない距離が絡まってしまったのに、何時の間にか呼吸がふれる距離にいた。



大鷲が作った糸電話は、俺達の意図までも繋いでみせんだ。





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ナットさんより、相互記念でリクさせていただきました…!!

もうね、モブはですね、禿げました萌えすぎて!←
何これかわいすぎる…!!照れ屋なレオンに確信犯なワシ君うわああああ^p^p^p^

…ハアハア、素敵すぎてご飯がうまいです、
ナットさん、本当にありがとうございました!
これからもよろしくお願いします!