短編 | ナノ

虎の威を借る狐

初めはただ「田淵(たぶち)ってどこ中出身?」と聞かれて、「宮岡中」「へー、誰か同中っている?」「5組の篠崎(しのざき)って奴と一緒」と答えただけだった。
だけどその返答に聞いてきた奴は「えー!?篠崎ってあの篠崎天満(てんま)?」と驚かれた。
何か変なことでも言ったか?と驚かれたことに驚いていると、「篠崎ってめっちゃイケメンだけど、やっぱ中学時代もモテモテだったわけ?」と興奮気味に聞かれた。

その日から俺はちょっとした有名人の仲間入りをした。







「これが中学時代の篠崎くんなのー!?見るからにやんちゃしてるって感じだけどすっごいイケメン!!」
「きゃー!この天満くん可愛い」
「ねぇねぇ田淵くん、この写真くれない?」

あの日、『篠崎は不良グループの中心だったから裏でモテまくってた』という話をするとさらに驚かれた。
中学時代の篠崎は髪の毛を茶髪に染めたりピアスを付けたりと、これでもかって程校則破りまくりのザ不良という出で立ちだったが、今ではいつもニコニコ爽やかなイケメンへと変わっていた。
いつの間にか他のクラスメイト達まで俺の話を聞いていたようで「で?で?篠崎ってどんなやつ?」と食い気味に篠崎について聞かれた。
今までクラスではいるのかいないのかわからないような目立たない存在の俺が、こんな話でクラスの中心になるのかと快くし、『この高校には俺と篠崎だけで他に同中はいない』『篠崎は不良でテストの時しか学校に来ないのにいつも学年1位だった』『体育祭ではリレーのアンカー任されて、嫌々走ったのにダントツの1位』と知ってる限りの篠崎の話をした。
すると女子なんて俺の話を聞いて昔の篠崎を想像したのか、「悪そうな篠崎くんなんて絶対カッコいい」とキャッキャ騒ぎだしたため、『実は小学校も一緒で、昔は女子よりも背低くて女の子みたいに可愛かった』と言うとさらに盛り上がった。
最終的にみんなから昔の篠崎を見てみたいから卒アルを持ってきてよとせがまれ、冗談半分で「えー?卒アルなんて何処に仕舞ったか覚えてないよ」と渋ると、みんなから『お願い』と一生懸命頼まれた。
それがすごくすごく気持ちよかった。

なんも取り柄がない俺が、その瞬間間違いなくみんなの中心にいて、みんなが俺の話を一言も聞き漏らさないように真剣に聞いていた。

人気者なのは篠崎だとわかっているが、篠崎のおかげで俺まで人気者になれたような気がして楽しくて仕方がない。
次の日早速卒アルを持っていくと、案の定昨日以上にクラスは盛り上がり、俺は昔の篠崎を唯一知ってる人間としてちょっとした有名人になった。


「だめだめ。俺の思い出の写真の1つなんだから見るだけにして」
「えーいいじゃん」
クラスメイトだけじゃなく、他のクラスの奴や上級生まで昔の篠崎が見たいと俺の元へと毎日誰かしらやってくるため、卒アルや遠足写真は常に俺のロッカーの中に入れている。
これまで自分を必要とされたことがない俺は、篠崎の話をしただけでみんなからチヤホヤされ、完全に浮かれていた。





「おい、田淵」
背中をトントンと叩かれ、また誰か昔の篠崎について知りたい奴が声をかけてきたなと振り向くと、まさかの人がいた。

「し、篠崎……」
「わかってるよな?」
ニコニコと笑ってはいるが、不良の時の篠崎を知っている俺にはそれは般若にしか見えない。
震えて動けない俺の腕を取り篠崎が歩き出すが、このあと俺はどうなるのか考えるととても恐ろしく、引っ張られて無理矢理足を動かしてはいるが歩く1歩1歩が重くて仕方がない。
今までペラペラ勝手に篠崎の個人情報を喋っていたことを怒っているんだろうなと心の中で一生懸命篠崎に謝り倒し、どうか痛いことだけはやめてくださいと願っているうちにいつの間にか空き教室へと連れてかれていた。
扉を開け俺を教室の中に入れると、後から篠崎も教室へと入り扉を閉めた。
やっと腕を離されたため、篠崎と少しでも距離を取ろう後ずさるがその分篠崎が近付いてくる。
気付けばトンと壁に背中がつき、これ以上退がれないのに徐々に篠崎は近付いてくるため横に逸れようとするがその前篠崎の腕によって進路を阻まれた。

これ壁ドンじゃん……と思いつつ、ゆっくり顔を上げ篠崎をうかがうと今度は無表情でいた。
終わった……俺の人生今日で終了だ……

「随分俺の過去をペラペラ言ってくれたみてぇじゃねぇか田淵くん?歴代の彼女は15人もいたなんて自分のことなのに俺すら知らないことまで語ってくれたらしいな」
「あの……あの……」
「中学時代の黒歴史晒されるし、小学生の頃は天使だと間違われてただとか事実と異なる話をしてくれるし、どうしてくれようか……」
「すみません!ごめんなさい!本当、本当あの調子に乗りました!!」
あああああ篠崎のこと考えずにペラペラ話しまくった俺のアホ
もう何されたって文句言えないよ

篠崎が手を上げる気配を感じ、反射的に目をギュッとつぶると、ふにっと何か柔らかいものが唇に当たった。
驚いて目を開けると、悪戯に成功した子どものようにニカっと篠崎は笑った。

「嬉しい話もいくつかあったし、今回はこれで許してやる。が!もうペラペラと人の恥ずかしい話を他の奴らに言うなよ?ちなみに今のが俺のファーストキスだから……本当お前これから覚悟しておけよ」
そう言って篠崎は教室から出て行ってしまった。

今まで緊張で硬直してた身体からは一気に力が抜け、俺は床へとへたり込んだ。







補足

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