短編 | ナノ

弟の彼女の兄×苦労人

昇(のぼる)に初めて会った時、僕がこの子を一生守っていこうとそう決めた。
小さな小さな身体はとても軽く、力を入れれば直ぐにでも潰れてしまいそうなほど柔らかい。
だけど小さな手でギュッと掴んだ力に、ちゃんと生きてるんだなと感じた。





15歳年の離れた弟はそれはそれは可愛くて仕方がなかった。
何をするにでもキャッキャと楽しそうに笑い、僕が何処かいこうとすると一生懸命ハイハイして付いてくる。
毎日学校へ行くのが名残惜しく、昇を離せずにいて母親に怒られたり、仕事が終わって帰って来た父親と昇の奪い合いをしたり、我が家に昇が来たことで母親も父親も今まで以上に楽しそうにしていた。
そんな幸せな暮らしが、昇が3歳になった年に変わってしまった。
その日は両親の結婚記念日で、昇と2人で「いってらっしゃい楽しんできてね」と両親を見送ったが、両親が家に帰ってくることはなかった。
予約していたレストランに行く途中両親は前方不注意の車にぶつかられ、2人はこの世から去ってしまった。

まだ3歳の昇はあまり理解できていないようで、出掛けたっきり帰ってこない両親に「お母さんとお父さんは?」と目に涙を溜めて何度も僕に聞いてきた。
そんな昇をギュッと抱き締め、昇を初めて見た時のことを思い出した。

僕がこの子を一生守っていこう

どんなことがあっても僕が昇を守る。
父さんと母さんが居なくなった分、僕が必ず昇を幸せにする。


高校卒業後の進路を進学から就職へと変え、家から一番近いスーパーに就職した。
働いてる人もお客さんも顔見知りの人が多く、僕等の事情を知っているので、とても優しくしてくれた。
最初は両親が亡くなりどうしようかと不安な気持ちもあったが、昇の笑顔を見ると自然に僕も笑顔になり頑張ろうとそう思えた。
日々忙しく、色んな困難もあったが、昇のおかげでなんとか乗り越えられた。



「兄ちゃん。この子が俺の彼女の莉奈(りな)。同い年でそろそろ付き合い始めて1ヶ月なんだ」
そんな可愛い昇にいつの間にか彼女が出来ていたようで、仕事から帰って来た僕を迎えてくれた2人に開いた口が閉じれなかった。

「……いらっしゃいませ?いや、帰って来たのは僕だからただいまか……」
「おかえり、兄ちゃん」
「お邪魔してます」
ようやく止まっていた頭が動き始め、この子が昇の彼女なのかと紹介された女の子を見ると、真面目そうな可愛い子だった。
今年で昇も高校1年になったし、彼女の1人ぐらいもうできてもおかしくないかと納得し、少し寂しい気持ちもあったが、幸せそうな昇にそうかそうかと途端に嬉しくなった。

「莉奈ちゃんだっけ?今から夕飯作るから是非食べていってよ」
「そうだね。兄ちゃんの料理美味いよ!」
「すみません。それじゃあお言葉に甘えて……」
出来るまで昇とゆっくりしててと莉奈ちゃんに言ったが、「手伝わせてください」というので手伝ってもらいながら少し世間話をした。
莉奈ちゃんにもお兄さんがいるようで、そのお兄さんが抜けてるという話がすごく面白かった。
「予定がない休みの日はいつも寝てるんですけど、珍しく早起きしてきたなと思ったら平日だと勘違いして制服着てリビングに来たんですよ」
「他にも自分のパンツがすぐに見つからないからって父親のパンツ履いたんですよ!?ありえないですよね」と次から次へと出てくるお兄さんの話に、笑いが止まらなくなった。
僕の笑い声に昇がヒョコッと顔を出して「どうしたの?」と聞いてきたが、僕が話す前に莉奈ちゃんが「ちょっと世間話してたの」と返した。

「お兄ちゃん、私達と同じ高校なんですけど、外では完璧人間なのでこの話はお兄さんと私だけの秘密にしてください」と莉奈ちゃんはいたずらっぽく笑った。
真面目そうな子だなと思ったが、意外とお茶目な一面に、数時間しか莉奈ちゃんと過ごしてないのにとても気に入ってしまった。
弟しかいないけど、妹がいたらこんな感じなのかと楽しく、帰る莉奈ちゃんに「またいつでも来てね」と見送った。

その後も莉奈ちゃんは何度も家に遊びに来てくれ、その度に例の抜けてるお兄さんの話をしてくれた。
だから「いつも妹がお世話になってます」と莉奈ちゃんのお兄さんが遊びに来てくれた時、笑いを押し殺すのに必死になった。
思っていたよりもずっとカッコイイ人で、この人が莉奈ちゃんが話していたあのお兄さんなのかと思うとそのギャップに笑ってしまう。
どうやってこの笑いを抑えようかと莉奈ちゃんに助けの目を向けると『こいつが例の奴ですよ』と言うようにお兄さんに向かって呆れた顔をして指差すので思わずふいてしまった。

「はははは、莉奈ちゃんやめてよそれ!」
「だっていつも私が話してた翔(かける)さんにやっと会えるからって、いつもよりさらにお兄ちゃんカッコつけてるんですもん」
「えー!?莉奈ちゃん、家で僕のことどんな風に話してるの」
「それはもう最高の嫁だって!料理上手で家事全般も得意でその上優しいし、お兄ちゃんにもし結婚するならこういう人にしなって話ししたんです」
えー……と思いながらお兄さんへと視線を戻すと、ジッと僕のことを見つめていた。
「あの……」と声を掛けると我に返ったのか、お兄さんはハッとした顔をして僕の手を取った。

「結婚を前提にお付き合いしてください。……莉奈が言っていた何倍も可愛くて驚いた」
「え?あの……」
突然のことに驚いて莉奈ちゃんを見るが、「昇、部屋ですよね?私、昇のところ行きますね」と行ってしまった。
待ってよ莉奈ちゃん!と心の中で叫ぶが、無慈悲にも莉奈ちゃんは昇の元へと行ってしまった。
どうすればいいんだと握られた手とお兄さんの顔を交互に見るが、お兄さんは「素敵だ」「可愛い」と呟くだけだった。

「あの、冗談ですよね?僕、今年で31だしそもそも男ですけど」
「俺は18なので13歳しか差はないですね!いつも妹から話には聞いてたんですけど、ここまで理想通りの方だとは……」
「とりあえず上がってください」
キラキラした笑顔で言うお兄さんに、んん?と思いながらも話が見えないので、家へと入ってもらった。




「お兄ちゃん言い出したらキリないんで、翔さんもらってくださいよ。抜けてるところもあるけど結構好物件で、将来有望ですよ」
「え?何何?兄ちゃんがどうしたの?」
「莉奈ちゃん……」
「翔さんの手料理美味しいです。すごく俺好みです!」






補足

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