短編 | ナノ

復縁

これはチャンスなのかもしれない。
ずっと僕が抱え続けてきた悩みがようやく解決する、そんな最初で最後のチャンス。
そのチャンスをみすみす見逃すほど、もう僕は子どもではない。

「今から一緒に飲みたいんだけど、そっちの飲み会抜けられる?」
「え?……あぁ、多分大丈夫」
もうこの手を離したくなくてしっかりと掴んだまま問いかけると、了承の言葉が返ってきた。

今日、どうか15年間悩み続けたことへの答え合わせをさせてほしい。






僕と健人(たけと)は高校2年の春から高校3年の春までの1年間だけ恋人同士だった。
高校2年になって初めて僕らは同じクラスになったが、そんな僕に何故か突然健人が告白をしてきた。
僕の方は1年の頃から目立っていた健人のことを知っていたが、まさか健人の方も僕のことを知ってくれていたことには驚いた。
健人からの告白になんて答えようか迷っているうちに健人から「好きだ」「付き合ってほしい」と間髪入れずにグイグイと押され続け、押しに弱い僕はなし崩しに健人と付き合うことになっていた。
これからどうしようと不安にはなったが、そんな不安とは裏腹に、健人との生活はとてもとても楽しかった。
学校にいる間はグループが違うから、クラスメイトとしてやりとりするぐらいだったけど、放課後になるとよく2人で遊びに行った。
映画を見に行ったり、遊園地に行ったり、それだけを見ると友達同士と何ら変わりないことばかりをしていたが、確かに僕らは付き合っていた。
暗い映画館でコッソリ手を繋ぎ、観覧車の中ではキスをした。
毎日が楽しくて幸せで、付き合っていく中でどんどんと僕は健人のことを好きになっていった。


でも終わりは突然きた。
高校3年に上がって僕らは違うクラスになり、クラスが離れようが僕らの関係はこの先も不変だと思っていたが、健人が「別れよう」と言ってきた。
頭が真っ白になり、でも真剣な面持ちでそう言ってきた健人の言葉は決して冗談ではなく、本気であることが伝わってきたから、「わかった」と僕はそう答えた。

健人と別れてから僕は何度も何度も考え続けた。
なんで健人は『別れよう』と言い出したのか。
もう僕のことが好きじゃなくなったのか、他に誰か新しく好きな人ができたのか、男同士ということで世間体を気にするようになったのか。
アレコレと色々と考えてみるが答えは出ず、答えの出ない疑問をひたすら日々僕は考え続けた。
ただわかったのは、別に健人は他に誰か新しく好きな人が出来たわけじゃなかった。
表向きは僕らは全く接触がなく、2人の関係を誰かに言ったことはなかったが、健人はどうやら恋人がいるという話は友達にはしていたようで、僕らが別れてからはしばらく『健人は今フリー』という話が学校中に流れていた。
だけど健人は高校在学中、結局誰とも付き合うことはなかった。

たった1年。されど1年。
僕にとってはすごく大事でとても愛おしい時間だった。
何度だってあの幸せで楽しい時間を思い出し、それと同時に何度だって『何故健人は僕に別れを告げてきたのか』という理由を考え続けている。

大学生になり、社会人になり、30代になり、そうやって時間が経ったとしてもずっと僕は健人とのことを忘れることができなかった。
その間に彼女だってできたし、結婚だって考えた。
だけど健人よりも彼女のことが好きだとは思えなかったし、健人のように一生一緒に居たいとも思えなかった。
馬鹿馬鹿しいな、と我ながら思う。
未練タラタラだし、思い出補正がかかりすぎだ。
そう思ってもどうしたって僕の中からあの1年が無くなることはなかった。


今年で33歳を迎える僕はもうすっかりおっさんだと言ってもいい年齢になってしまった。
後輩だってそれなりにいて、昔のように押しに弱い人間ではなくなり、問題には真っ向からぶつかって解決できるような人間になった。
そんな僕になったからだろう。
後輩達を引き連れやってきた居酒屋で、15年振りに健人と会った。
あった瞬間に直ぐに健人だとわかり、何か考える前に先に健人の腕を僕は掴んだ。
驚く健人に「久しぶり」と言った次にはもう、「一緒に飲みたいんだけど」と僕は伝えることができた。







半個室の居酒屋に入り、軽いツマミとお酒を注文する。
タッチパネル式の注文を終えて顔を上げると、何も言わずにジッとこちらを見つめていた健人とバチリと目が合い、「なんだよ」と声が出てしまった。

「随分大人になったな、って」
「そりゃ今年で33になったからね。健人だって同じでしょ?」
15年経った健人も相変わらずイケメンだった。
昔と比べると見た目は落ち着き、その分大人の色気が出ている。
そんな健人の姿にカッコいいなー、と思わず見惚れてしまうほど。

「俺の中の翔吾(しょうご)は高校の頃で止まってるから、なんか今すごく新鮮」
「それを言ったら僕だって同じだよ。……健人はさぁ、今彼女とか奥さんとか居るの?」
「いーや、バツ1。大学卒業して直ぐの頃に1回結婚したけど、3年でダメになった。それからは恋人も丸っきり」
1度は結婚していたという健人に『だろうな』と思った。
こんな好物件な人間を、世の女性が放っておくわけがない。
だけどだからこそ、それ以降は何もないということが意外だった。

「翔吾は?」
「僕?んー、こっちも似たような感じ。1回結婚まで考えた人は居たには居たけど、結局途中でお別れした」
「ふーん」
ちょうど店員によって届けられたビールをお互い受け取り、何も言わずともグラスを合わせて乾杯をした。
それと同時にツマミも届き、ようやく本題に移ろうとグビッとビールを飲んだ。

「……僕達って1年間だけだけど、付き合ってたでしょ?なんで高3になった時突然『別れよう』なんて言ってきたの?」
「それは……翔吾のことが大好きだったからだよ」
少し考える素振りをした後、健人がそう言って優しく微笑むから驚いて僕は固まってしまった。

「好きだから別れた?」
その考えはなかった。それならなんで別れることになるのかがさっぱりわからない。

「まぁ俺らもおっさんになったし、翔吾に会えて嬉しいから言うけど、俺な、めちゃくちゃお前のこと大好きだったんだよ。それはもう相当」
我ながらベタだけど、高校1年の時、違うクラスだった翔吾に一目惚れした。
その時は一目惚れだって気付いてなかったんだけど、友達と笑い合う翔吾の笑顔がずっと俺は忘れられなかった。
しばらくしてからようやく翔吾のことが好きだってことに気付いたんだけど、でもなぁって悩み続けた。
それなのに、2年に上がって翔吾と同じクラスだって知った瞬間、『運命だ!』って馬鹿な俺は悩んでたこともすっかり忘れて舞い上がって直ぐに翔吾に告白した。
でもなんとかして翔吾と付き合いたかったから、断られないように押し切った自覚はあった。
だからきっと翔吾は俺のことが好きじゃないのに、俺の押しに負けて付き合う羽目になっただろうことにずっと負い目があった。
でも俺の方はやっぱり翔吾のことが好きで、大好きで、付き合い始めたことでより一層翔吾のことが好きになってたし、もう絶対翔吾のことを離したくないとまで思ってた。
だけど常に心の隅では翔吾に対しての負い目は残ってた。
俺のせいで普通の幸せを翔吾から奪ってるのかもしれない、ってそう思ったらすごく怖かった。
この先もずっと俺と一緒に居て、もしかしたら翔吾は『あの時ちゃんと告白を断ればよかった』って後悔するかもしれない。
そうやって翔吾の幸せな未来を奪うくらいなら、俺の気持ちなんてどうだっていい。
ただ翔吾が幸せで居てくれるならそれでいい、と思って高3の春に別れを告げた。
高校の間は別れても翔吾のことを遠くから見れてたけど、大学からはそれもできないから、その寂しさを埋めるために何人かと付き合った。
でもどうしたって翔吾以上に好きになれる人は居なかったし、結婚してもやっぱりダメだった。
……こんなにお前のこと好きだったなんて引いた?
でも仕方ないだろ、マジで好きだったんだから。

「……馬鹿馬鹿しい」
一通り健人の話を聞いて思わずそう言ってしまった。
本当馬鹿馬鹿しすぎる。
なんだそれ。
好きだから別れたって、ずっと押し切られる形で付き合いだした僕に対して負い目を感じてたって……

「ごめん」
申し訳なさそうな顔をして謝る健人に、『あー!!もぉ!!』と手元にあったビールを一気に飲み干し、グラスをテーブルに置いた。

「僕だってあの時本気で翔吾のこと好きだったし、一生一緒に居たいって思ってた。なのに健人からは別れを告げられるし、他の人を好きになろうと思っても結局健人より好きな人なんて現れなかったんだよ!!」
驚いた顔をする翔吾の目を僕は真っ直ぐ見つめた。
答え合わせをしたかった。
なんであの日僕は別れを告げられたのか、ずっとわからないことだらけだったから、その答えをちゃんと知りたかった。
だけどようやく今日、その答えを知れた。

「ちゃんと責任取って!!」
「うん、もちろん」






補足

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