イルカとの修行が始まって一週間。 ナルトはシカマルと共にいた。 夜ではなく昼間に。 しかもシカマルの家の方へと向かっていた。 「…顔が強張ってんぞ。」 「そ、そんなこと、ねぇってばよ…」 一週間たって口癖も完全に慣れていた。 何故こうなっているかというと、一つの課題なのである。 イルカ曰く、『だいぶ性格が身についてきたし、試しに他の子供と接触してみろ』と。 いきなり全く知らない子供というのも酷なのでシカマルの幼馴染に白羽の矢がたった。 シカマルが傍にいれば何かあっても大丈夫だろうし、旧家の家のあたりなら街中よりは大人の反応も酷くないだろうという理由もある。 今まさに二人で幼馴染のいるところに向かっているのだった。 だがナルトは慣れてきた社会用の笑顔を強張らせている。 口にはしないが緊張しているようだ。 いや、ナルトの事だから本人は自覚していないかもしれない。 「大丈夫だ。いい奴等だし…俺もいっから。」 ポンと肩をたたきシカマルは笑顔を見せた。 それを見たナルトは顔をムニっとつまんでほぐしだした。 その仕草がなんだか可愛くてフッとシカマルはつい笑ってしまった。 「…頼りに、している」 浮かべていた笑顔をひっこめ、素の顔でシカマルを見つめた。 無表情というにはあまりにも柔らかい顔で。 瞬間シカマルは呼吸すら忘れて止まってしまった。 だが刹那、一気に心臓が早鐘をたたきだした。 「…シカマル?」 「あ?!な、何だ?!」 「いや…なんだか、大丈夫か?」 「気にすんな!」 (あぁもう!なんなんだっつーの…) 初めて会ったときから考えるとナルトの表情は格段に穏やかになった。 だが笑顔とよべるような顔はまだしたことがない。 それでもナルト本来の容姿の良さはわかった。 ときおりこうして頬笑みのような表情をするのだが、それがまた容姿の良さを際立たせる。 シカマルはその儚げな表情を見るたび胸がざわつくのだった。 「…お、もうすぐ着くぞ。」 「あぁ…」 いつの間にか覚えのあるところまで来ていた。 ナルトがシカマルの様子を窺っていたあたりである。 近づいていくと明るい子供の声がしてきた。 シカマルが振り返るとナルトは一つ頷いた。 「あ!シカマルー!」 「やっほーシカマル。」 明るい女の子の声とのんびりした男の子の声が届いた。 シカマルの幼馴染のイノとチョウジである。 「おー。」 「あれ?その子は?」 「あー!前に見たことある!」 シカマルの後ろにいたナルトに二人は興味津々な顔で見つめた。 ナルトは練習した笑顔を浮かべて二人の前に出た。 「おっす!俺はうずまきナルトだってばよ!」 「あー、俺のダチ。」 「へぇ。あんた私たち以外にトモダチいたのね。」 「ぼくは秋道チョウジだよ。」 「私は山中イノよ、よろしくね!」 「よろしくだってばよ!」 ナルトにほんの少し固さがあったが、二人にはわからなかったようでとても自然に接している。 その後は四人で遊びだしたが、シカマルは度々顔をひくつかせた。 ナルトは今まで誰かと遊んだことなんてなかったのだ。 勿論どういったことをして遊んでいるかなんて知らなかったのである。 (流石に鬼ごっこすら知らないとは思わなかった…) 鬼ごっこもかくれんぼも、定番の遊びすら知らないナルトにイノとチョウジは驚いていた。 シカマルも一緒になって驚きたかったが、なんとかナルトのフォローをしようと大変だった。 イノ達が見てないところでナルトはついシカマルに謝ってしまったほどだ。 それでもなんとか溶け込み、四人で騒々しく遅くまで遊んだ。 まるで本当に無垢な子供のように。 いや、確かに彼らは只の子供だった。 何でも遊びに変えてしまえるような、どこにでもいる幼い子供だった。 気付けば日は随分と落ちてしまっていた。 「そろそろかえんないとパパがうるさそー。」 「イノのお父さんならむかえにきそうだね。」 「もう帰るか。」 「…そうだってばね!」 三人に少し遅れてナルトも声をあげたが、シカマルにはどこか寂しげに見えた。 じゃぁ、とナルトがその場を去ろうとするとイノが声で引きとめた。 「ナルト!」 「ん?なんだってば?」 「またね!」 「……え。」 「ナルトーまたあそぼうねー。」 ナルトは目を丸くして動きを止めてしまった。 イノとチョウジはニコニコと笑いながら手を振っている。 「また、な。」 シカマルも小さく手をふっていた。 また、という言葉が、笑顔がひどくまぶしく映った。 心臓がしめつけられ、体の奥から何かがこみ上げてくる感覚にナルトはグッと堪えた。 顔を一度伏せたが、すぐ三人に振り返った。 「……あぁ、また。」 元気なうずまきナルトではなく、素の顔で、素のナルトで三人に返事をして帰って行った。 残った三人は呆然とナルトの背中を見ていた。 最後の最後に見せた表情は、今日一日の中で一度も見たことのない顔だった。 ずっと元気に笑っていたナルトからは想像もつかないほど優しく穏やかな顔。 夕日があたっていたせいだろうか、とても儚げで綺麗だった。 「ふしぎな子だね、ナルトって…」 「ほんとね、かくれんぼも知らなかったし。でもすごい楽しかったわ。」 「……帰るか。」 シカマルが歩き出したのを見て二人も動き出した。 「シカマル!ぜったいまたナルトさそってよね!」 「ぼくらも、もっとナルトとあそびたいんだから。」 「…わーってるよ。」 「あれ、シカマル顔が…」 「な、なんでもねぇ!」 ナルトは家に帰る途中で立ち止まっていた。 グッと胸を抑え、立ち尽くしていた。 何かに耐えるように、噛みしめるように。 しばらくそうしていると近くに慣れた気配を感じた。 「何してんだよ。」 「…帰らなかったのか。」 「ちょっと気になってな。色々初めてで疲れただろ。」 「…あぁ。」 ナルトが声のほうへ振り返ると、そこには先ほど別れた筈のシカマルが立っていた。 ついナルトの様子が気になって追いかけて来たのだ。 「ま、上々だったんじゃねぇの?あいつ等も楽しんでたし。」 「いい、奴らだな。」 「まぁな。また誘ってこいだってよ。」 「…本当、いい奴らだ。」 ナルトはまた胸を掴んだ。 目を閉じて己の中の感情と向き合っていた。 「なんだか…嬉しいとかと、似てるんだけど、違うんだ。」 「…そっか。」 「また、って言われて、嬉しかった。今日一日あいつ等といて…また違う感覚があるんだ。」 「悪くなかったか?」 「全然、嫌じゃ、なかった。もっと逆の…」 「楽しかった、か?」 「たの、しい…」 ナルトは呆けたような顔をしてから 「…あぁ、楽しかった…」 泣きそうな顔で初めて笑った。 はっきり笑顔といえる顔で、生まれて初めて笑った。 シカマルは初めて見たナルトの笑顔に一瞬驚いたが嬉しそうに笑った。 ナルトが初めて笑ったことと、それをおそらく一番最初に見られたことに。 「…じゃ、また夜にな。」 上機嫌でシカマルは帰ろうと背を向けた。 だがナルトは腕をそっと掴んで引きとめた。 「ん?どうした。」 「…ありがとう。」 「え?」 振り向くとナルトは真っすぐにシカマルを見ていた。 「俺は、いっぱい、色んな事を、覚えられて、嬉しい。また、って、言ってもらえて、嬉しい…」 「…ナルト…」 「シカマルと、一緒にいると、嬉しい、楽しい。」 じゃぁまた、と言ってナルトは帰って行った。 残ったシカマルはしばらく呆然としてその場に立っていた。 ナルトは自覚していなかっただろうが、その言葉を言った時の表情は先程とはまた違った笑顔だった。 幸せだ、と言わんばかりの、とても綺麗な笑顔だった。 暗くなってきた空に気づき、シカマルはニヤけそうになる顔を抑えながら急いで家路についた。 (あんな顔をされたら…) 嬉しくてたまらない。 君の幸せになれたなら 私もまた幸せです。 TOPへ 小説TOPへ |