ナルトは鵺が出てくる前から嫌な予感がしていた。 だがその姿を見た時から確信を持ち、これも運命かと思っていた。 鵺は雷獣とも呼ばれるほどの妖である。 勿論雷の攻撃を得意とするのだ。 雷のには風が有効だということは、忍であれば皆知っている。 ナルトはまるで自分が出てこいと言われているのかと錯覚してしまいそうだった。 手を出すのは簡単なことだが、内心出ていくかどうか迷っていた。 出て行けば正体がバレる可能性がある。 更に鵺に対抗するのに風遁を使えば尚更だ。 そうして自分が迷っていることにナルトは驚いていた。 (俺は…嫌なのか。) 皆に拒絶されることが。 太陽の下を去ることが。 手にした場所を失うことが。 だがこれで皆の命を救えるなら、と思うのも間違いなく本心である。 (こんなにも、貪欲になっていたなんて…) もし、太陽の下を去ったとしても大切な人はそのまま生きているし、シカマルもいてくれるだろう。 なのにナルトは友と呼んでくれる彼等と離れるのを怖れている。 それだけナルトは情を、絆を持ったのだ。 生きたいと願った日から、願い事は増える一方で途絶えることはない。 そして今も、目の前の仲間の無事を願っている。 「…悔いは、ない。」 確かにその幸せを手に入れていたのだから。 何があろうとそれは確かな形をもって心にある。 ナルトは潜んでいた木の枝を蹴り、鵺のもとへと跳んだ。 蒼波が振り返ると、サクラをはじめ皆が二人を見ていた。 「賊の二人は俺の影分身が捕らえている。お前達は各々自分達の元の任務地に戻り、確認ならび報告書を作成しろ。」 「……あなたは誰?」 「…暗部が名のると思うか。俺は他の任務中にお前達が苦戦していたので加勢したまでだ。」 サクラが違うことを言いたかったのは解っていたが、素直に正体を言えるはずがなかった。 できることなら、何とか誤魔化してしまいたいとさえ蒼波は思っていた。 「なぁ。」 「…なんだ。」 「あんた達から、知った匂いが微かにするんだよ。」 キバは戸惑いながらも、どこか確信を持った眼で見ていた。 それは他の面々も一緒だった。 全てを無視してここを去るのは簡単だが、二人にそんなことはできなかった。 「風遁の使い手はそんなにいないんだって、ナルトが言ってたわ。」 「……。」 「あなたは、何故あの螺旋丸が使えるの?」 サクラの瞳に揺らぎはない。 真っ直ぐ向かってくる瞳を蒼波は同じように見返した。 「…シカマルが、いないんだ。」 「……。」 「あなたが、来てから。」 チョウジの視線ははっきりと狩黒に向かっていた。 狩黒もそれを逸らさずに受け止めた。 蒼波が狩黒を見ると、狩黒はゆっくりと頷いた。 (記憶に残せないとしても…せめて…) 傷つくだけだとしても せめて最後の別れを。 蒼波と狩黒は同時に面を取った。 「暗殺戦略特殊部隊総隊長、蒼波。」 「暗号解析部隊及び作戦策略部隊総隊長、狩黒。」 色こそ違えど、皆そこに見知った友人の面影を見つけた。 特有の音と煙の後には、暗部の装束を着たナルトとシカマルが立っていた。 「ナルトが、暗部…?」 「…そうだ。」 呆然とするサクラに対し堂々と構え、いつもの雰囲気や言葉づかいとも全く違う。 「蒼波と狩黒といえば…根にもよく噂が届いてたよ。二人の力は火影にも匹敵するって。」 「なんで、そんな今まで、その…」 「黙って弱いふりをしていたのかって?」 ヒナタが控えめに呟いた言葉にナルトもシカマルも苦笑するしかなかった。 その表情を見るだけで、他の皆はなぜか心が痛んだ。 「何で!私達、ずっと一緒にいたのに…何で…」 「イノ、シカマル達にもそうしなきゃいけない事情があるんだよ。」 「チョウジ…悪いな。」 「ナルト、シカマル。教えて、全部。」 サクラの願いに、ナルトは少し早い心臓を落ち着かせるため息を吐いた。 任務でも緊張するなんて殆どないナルトが、今真実を語ることに緊張を抱いているのだ。 シカマルはそっと隣に寄り添った。 「俺はそばにいる。」 ナルトにだけ聞こえる声でシカマルは囁いた。 その声に安心し、心を決めたナルトは皆を見た。 「…皆がもう知ってる通り、俺には九尾が封印されている。幼い時から九尾を憎む里人達に、俺は隔離され…暴力を、受けてきた…」 ナルトの一言一言に、皆は胸が痛んだ。 人柱力という存在がどういうふうに扱われるのか今は知っている。 九尾がしたことも。 そして大切な人を無くすことも。 「殆ど誰ともまともに接しなかったせいか、俺はそのままじゃ人として生きられなかった。だから生きる術(すべ)を必死に学んで…二足の草鞋をはくことにしたんだ。」 夜は己を守る力を鍛え、それを発揮した。 昼は普通の子供を装って人として生きられるようにした。 蒼波という姿と、明るく溌剌としたうずまきナルトの姿の二つを使いこなしていた。 「…俺はたまたまナルトが大人達に暴力を受けたところに出くわしたんだ。まだガキだったが、俺の頭はその頃から大人並みの知能を持ってた。」 イノとチョウジは顔を見合わせていた。 幼なじみの二人にはその頃の彼の姿が思い浮かんでいるだろう。 「あんなナルトを放っとくなんて出来なかったし…何より俺はこいつを支えたかった。互いに化け物と言われる同士だったしな。だから俺はこの頭脳に合うだけの力をつけたんだ。」 大切な人の隣にいられるだけの力を。 二人の声は落ち着いていたが、どこか切なくなるような響きを持っていた。 「アカデミー卒業と同時に今の地位について、俺とシカマルは長期任務を言い渡されたんだ。」 「名家、旧家の次期当主となる子女の護衛任務。お前達を守るために俺達は下忍として動きだした。」 皆驚きの顔で二人を見ていた。 ずっと同じ仲間だと思っていた友人は、自分達を守っていたのだということに。 「そのために、お前達は俺達といたのか?」 「……ああ。最初は、皆が中忍にでもなれば、消えようと思っていた。」 シノの問いに、ナルトは俯いてしまった。 任務のために皆といたのは事実だが、今となっては友人として笑っていたかったのも事実だった。 「でも、中忍になるころには、この場所が…居心地がよくて。皆が知らないのをいいことに、今まで騙し続けてしまった。だけどこうしてバラしてしまったからには、俺達は二度とお前達の前には…現れないから…」 許してくれ、と言うナルトは俯いたままだった。 シカマルにすがりつきたくなるのを抑え、どんな言葉も受け入れようと身体に力を入れた。 「……ふざけんな。」 キバの乾いた声が二人に届く。 続く言葉は罵りか、拒絶か…二人は顔をあげて言葉を待った。 「俺めちゃくちゃ恥ずかしいじゃねーかよー!!」 「「…は?」」 キバの叫びに二人は目を丸くして間が抜けた声を出してしまった。 「マジで俺超恥ずかしいんですけど!お前達にどんだけドベとかバカとか言ったと思ってんだよぉ!全然強かったんじゃねぇか!俺超バカじゃんか!」 恥ずかしいと顔を赤くしながら二人に詰め寄る。 怒っているポイントがよく解らなくて二人は反応できないでいる。 「旧家の護衛って、あんたも旧家じゃないのよ!なんで同じあんたに私達が守らんなきゃいけないのよ!」 「い、イノ!ちょっと…」 「幼馴染みのくせに何で一人だけ強いのよぉー!」 ずるい!と、イノはシカマルに掴みかかろうとする勢いで、チョウジがそれを必死に抑えていた。 「すごいね、ナルト。」 「な、何がだ。」 「君の演技とか、全然わかんなかったよ。味方をこれだけ騙しきるなんて忍としてはすごいことだよね。」 サイは嫌みではなく本当にそう思っているようで、尊敬するような眼差しで二人を見ていた。 「すごくなんかない…俺達はお前達を騙してたんだ。」 「わ、私達のために、そうして、くれたんでしょ?」 「…ヒナタ…」 「ありがとう。」 ヒナタは穏やかな笑みを浮かべていた。 「守ってくれて、ありがとう。どんな形であれ、ナ、ナルト君は、私を、ずっと引っ張ってくれたんだよ。」 「全部が全部、偽りではなかったんだろう?なぜなら、お前はこの場所を居心地がいいと言ったからな。」 予想外の言葉にナルトはどうすればいいのかわからず、シカマルを見上げた。 シカマルも困ったような顔でナルトを見た。 「ナルト。」 「…サクラ、ちゃん。」 「どんなアンタだって、過去に積み上げてきたものは確かな事実でしょ。ずっとアンタの真実を知らなかったのは悲しいけど、今までの日々は本物よね?」 「…ああ。俺は、確かに、7班にいた。」 「教えてくれて、ありがとう。」 サクラが泣きそうな顔で笑った。 ナルトは無意識のうちにシカマルの服の袖を握っていた。 その姿を見て、シカマルはナルトが必死に己の感情を理解しようとしているのだとわかった。 こみ上げてくる、この締め付けられるような切なく、暖かな感情を。 「しゃーんなろー!!」 ドゴォッ!!! しんみりとした空気を破壊するには充分すぎる程の激しい音をたてて、二人の足下の地面が割れた。 サクラの拳によって。 「え」 「で・も!今まで黙ってたことは悲しいって言ったでしょ!アンタ達!これ以上黙ってることがあったら言いなさい!あとでバレたら次は当てるわよ!」 すみません、と二人がポカンとした顔で謝ると皆笑いだした。 「で、どうするんだ?」 「…そうだな。」 笑いも一段落つくと、シカマルはナルトに目配せした。 皆の記憶のことである。 本来、ここまで暗部の人間、しかも総隊長のことを知られたら記憶を消すか殺さなければならない。 「あ、もしかして僕等、記憶を消されちゃうのかな。」 「…サイは流石に察しがいいな。」 「本来は消すのが当然だからな…」 サイと二人の会話を聞きつけた他の仲間は口々に文句を言ってきた。 サクラはまた拳を構えている。 「ねぇ、シカマル。」 「なんだ?」 「僕等さ、二人の力になりたいんだよ。」 「チョウジ…」 「まだまだ力不足なのは自覚してるから、いっぱい修行するよ。強くなりたい。その目標にするためにも、記憶は消さないでほしいんだ。」 シカマルはずっと考えているナルトを見た。 最終的にはナルトの決断が全てである。 視線に気づいたナルトは不安そうな目でシカマルを見返した。 「現状のままだと俺達の秘密を知っていることで、皆が危険なめにあうかもしれない。」 「…ナルトはどうしたい?」 「……消したくは、ない。」 「お前がそうしたいなら、俺はそうするぞ。何かあっても全力で力になってやるから。」 シカマルは優しくナルトを見ていた。 全幅の信頼と愛しい人の幸せを願って。 やがてナルトは決心して真っ直ぐ皆を見た。 意志の宿る澄んだ蒼の瞳で。 「記憶は、消さない。」 「ナルト…」 「…でも、俺達は表からは退く。」 一瞬安堵の空気が流れたが、遮るようなナルトの言葉に空気はまた緊張感をもった。 「そ、そんな…」 「お前達を信頼しないわけじゃない。ただ、お前達にバレてしまったなら、これからは本来の姿で生きようと思っている。」 偽りの下忍や中忍ではなく、本当の姿と力であろうと。 そうすると必然的に今まで通りの場所にはいられない。 その力に見合った地位につかなくてはならないのだ。 「もし、本当に…支えてくれるなら、その場所まで来てくれ。強制はしない。皆の忍道を、信じる道を生きてほしいってばよ。」 そう言って笑った顔は今までも時折覗かせていた、心を惹きつけ、未来を信じたくなる優しい笑顔だった。 そしてその"うずまきナルト"らしい言葉を最後に、二人の姿は消えていた。 結局今回の件はナルトの計らいによってサクラ達の手柄になった。 だがそのことで異論を言う者はいなく、静かに賞賛を受けた。 ナルト達の秘密を守るために。 そしてそのナルトとシカマルは本来の力を発揮し、異例の出世をはたした。 元々暗部として里の現状をよく知っていたため、ほんの数日でナルト達は地位を確立した。 数人の古く固まった人間は追い出したが、まだまだ厄介な狸達が居座っている。 だが数年とたたないうちに、新しい力がこれを一新することになる。 それはまた別の話。 end. 長くてすみませんでした! よくあるバレネタ話が私のスレ設定だと書けないのでなんとか違う形で…とか思ったんですが。 が。 撃沈。 小説TOPへ TOPへ |