7章-2 | ナノ























夕日は山に沈んだ。

「…はぁ、はぁ…ふっ…。」

ナルトはシカマルの体をそっと横においた。
意識はないが心臓は正常に動き、傷もない。
ホッと一息吐いたところで己の手を見た。


手には赤く、黒い液体が広がっている


それは周囲に飛び散っているものと同じもの


生々しい感覚とは裏腹に冷たく落ちる雫

















「はぁっはぁっはぁっはぁ…」

気持ち悪い

気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いきもちわるい…

手に残る感触も

周りに転がっている物体も










自分自身も












「遅かったか…」


「!!」


勢いよく振り返ると、黒い外套を着た男が闇の中に立っていた。
ナルトは一瞬息をのむが、その気配と男がつけている面を見て息を吐いた。

「お前がやってしまったんだな、うずまきナルト。」

男はこの間ナルトを襲った男、暗部の海怨だった。
声音は厳しいものだが、先日のような冷たさは感じられなかった。

「…何があったんだ。」
「……っ、ぐっ…」

ナルトは海怨の問いに己の手を見返した。
日の落ちた暗闇の中ではまるで黒い手袋のようになってしまっている。
吐きそうになる体を必死に抑え、何とか声を絞り出した。

「…奈良、を…巻き、込んで、しまって…」
「あぁ…この前も一緒にいたんだったな。」
「それ、で…こいつら、が、勘違いを…して、奈良を、殺そうと、して…」

湧き上がる何かに押されてこうなってしまった、と。
ナルトは話すうちに手が震えてしまっていた。
手を見つめる瞳は、恐怖や戸惑いを抱えている。

「…怖いか、うずまきナルト。」
「……こ…わ、い?」

海怨はナルトが動転しているのかと思ったが、すぐ本気なのだと気付いた。
今、ナルトは初めて恐怖という感情を手にしたのだ。

「お前は今その血に、手に、己の犯した現実に恐怖を感じているんだ。」
「…っ…おれ、は…」

「そして奈良が殺されそうになった時、怒りや憎しみが湧いて…抑えられなかったんだ。」

ナルトは目を見開き固まってしまった。
震えていた手さえ止まっている。
それほどナルトにとって驚愕的なことだったのだ。
自分が他の人と同じように恐怖を感じたことが。
そしていつも自分に暴力を振るう大人達が向けてくる感情と、同じものを抱いたことが。
いつも面倒だとすら思っていたその感情が、こんなにも強く恐ろしいものだったとは思いもよらなかったのだ。
背筋がスッと冷え顔から表情が抜け落ちてしまった。


「…俺は、やはり…汚い、化け物…なの、か…」


こんな恐ろしい感情にのまれるなんて。


「この間、俺に人間だと言い張ったのはお前だろう。」

「…だが、こんなにも…俺は、きた、ない…」













パンっ













乾いた音が響いた。
それを耳にすると共にナルトの頬に痛みが走った。

「憎しみも怒りも恐怖も、人が持つ感情だ。」
「……。」

乾いた音は海怨がナルトの頬を叩いた音だった。
ナルトを見つめている海怨の瞳は悲しみと怒りを持っている。
それは放つ声も同様だった。

「人という存在が汚くないと思ったか?誰もが心の中に闇を持っている。」
「…それは」

わかっているはずだった。
その汚い部分を思い切りぶつけられてきたのだから。

「どうしたって人は負の感情を持つ。そして人は生きているうちに自然とそれを制御するんだ。」
「なら、おれは…」
「だがお前は初めての感情を制御できず、暴走させてしまった。」
「……っぼう、そう…」
「殺してしまった現実は確かに罪だ、しかしお前は術(すべ)を、抑える力も知らなかった。…その原因は、里にある。」

暖かな感情も、負の感情すら与えることのなかった里。
今はシカマルの存在によって、ナルトの感情は急速に生まれていた。
だが負の感情は制御を知らなければ兇器となる。
ナルトは生まれた感情の存在すら認識できていなかったのだから、勿論制御なんて、できはしなかった。

原因は確かに里にある。
だがその責任はどこにあるのだろうか。

生を諦めたナルトか。

封印をした四代目か。

天災のように現れた九尾か。

大きな力に恐怖した里の人々か。

全てを生み出したこの世界か。

全ての責任をとれないのならば、誰かが微力でも手を差し出さなければ。

いつか救いに繋がるその一歩を。



「…俺が教えてやる。」


「………え…?」


「力を制御する術を、世界を生きる術を。」


海怨は暗部の面をはずした。
薄暗い闇の中で、顔の真ん中に横一文字の傷をおった顔がさらされた。
海野イルカという本来の姿がそこにあった。

「俺にお前の全てを救うことはできない、だができることはある。」
「…あんた…」
「俺もお前を傷つけ、こんなことをさせてしまった原因の一人だ。その責任と罪は俺ができる形で償う。」

だからお前もその手をぬぐえるようになれ、とイルカは静かな声でナルトに言った。
そして足を横たわるシカマルへと向けた。




「おい、お前も手伝え。」

「!!」

「……やっぱ、気付いてたよな。」

ナルトは目を見開いた。
気を失ったままだと思っていたシカマルが目を開けたからだ。
シカマルは体が痛むのか、ゆっくりと体を起こした。

「奈良本家のシカマルだな。」
「…あぁ。」
「お前の頭脳のことは聞き及んでいる、この里のおおよそは解っているんだろう。」
「まぁね…よくご存じで。」
「ふん、これでも総隊長なんでね。」

シカマルはため息を吐くとナルトを見た。
真っすぐな視線を受け止め、ナルトは逃げ出したくなってしまった。

「んな顔すんなよ…何ができるかわかんねぇけど、俺も力になっから。」
「な、んで…俺なんかに、関わっ、たら…」
「俺が力になりてぇと思ったからなるんだ。」

問題ねぇ、と笑うシカマルにナルトは驚きしかなかった。
また、心臓のあたりがじわじわと暖かかくなっていくのを感じていた。
苦しさを伴うそれに、自然とナルトは自分の胸のあたりを掴んでいた。

「俺は、俺は…化け物を、秘めて、いる…」
「…九尾のことか。」
「!」

シカマルはナルトと出会ってから色々な書物を読み、観察していた。
ほんの数年前に起こった九尾の襲来。
それに関する情報の少なさ。
四代目と同じ色を宿したナルト。
そしてナルトに対する里の様子。
幼い体に不釣り合いな頭が真実に到達するのは難しくなかった。
ナルトはシカマルに真実を知られたことに驚愕し、恐怖した。

「知ってる、なら、尚更だ。俺は…人、殺しの…狐…」
「俺にはただのガキにしか見えねぇ。」
「っ!」
「前にも言ったろ。それに化け物ならお互い様だ。」

トントン、とシカマルは自分の頭を叩いた。

「お前も変だと思ったろ?こんなガキがペラペラと年不相応な物言いでよ。」
「…回転の、速い、奴だとは、思って、いた。」
「俺はそこらへんの大人が話してることなんて普通に理解できるし、考えられる。はっきり言って馬鹿な大人より頭は回る。」

つまり、ずば抜けた発達をしてる脳みそってことだ、とシカマルは自嘲気味に笑った。

「それの、何が、化け物、なんだ…」
「…人は異常な力や強大な力を恐れる。その能力を化け物と表する者もいるんだ。」
「んま、そういうこった。だから俺もお前と対して変わらねぇよ。」

イルカは醜い面をさらけ出して訴える里の大人を思い出した。
自分達より強大な力を恐れ、幼い子供を異端の目で見る姿。
こんなにも小さい彼らを抑えつけている闇を。

シカマルはゆっくりナルトに近づき、血に濡れたその手をとった。

「!!…さ、触る、な!」

「俺はお前が傷つけられてんのを三回も居合わせた。そん時に感じるのはいつも同じだ。」

ナルトが振り払おうとするのをシカマルはグッと握って抑えた。
漆黒の瞳は暗い蒼の瞳をしっかり見据えている。

「お前が傷つくのは見たくない、放っとけないんだ。」

「シカ、マル…」

「力になれたら、守れたらって思うんだよ。」

なんでだろうな、とシカマルは笑った。
ナルトは頭の中が真っ白になっていくようだった。
振り払おうとしていた手からは力が抜けていった。
シカマルから向けられたあたたかな瞳に言葉が出なかった。

「ナルト…?」

「…え…?」

シカマルが心配気に眉をひそめナルトを覗き込んだ。
ふっと意識が戻るとナルトは自分の頬をつたうものに気づいた。

「泣くなよ。」

シカマルが己の指でその雫をぬぐった。
ナルトは自分が泣いていることが信じられず、止めようと目をこすった。
だがそれに反してナルトの涙は止まらなかった。

「止まら、ない…な、ぜ?」
「…嫌だったか?勝手に守るだなんだ言っちまって。」

不安げなシカマルにナルトは静かに首をふった。



「そんな、ことは、ない…。俺は…」



前にも感じたことがある感覚。

その時もシカマルの言葉が感情を起こさせ、三代目に聞いた。

もう、名前は知っている。














「俺は…嬉しいんだ…。」












一瞬だったが、ナルトの表情が和らぎ微笑んでいるように見えた。













to be continued..




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