悪夢のあと
2011/03/09


安宿の古びた扉の隙間から冷風が容赦なく入り込んでいるというのに、オレはこの季節に尋常ではないくらいじっとりと汗をかいていた。息が荒い。嫌な夢を見ていた気がするが、どんな内容だったかは覚えていなかった。
いや思い出さない方がいいと無意識に脳が告げているのだろう。
申し訳程度に掛けてあった薄っぺらい布団を掛け直した所で、オレを引き寄せる手があることにようやく気付く。闇に溶けて更に深い色を宿した紫の双眸がこちらを覗き込んでいた。
「……飛段」
「明日朝はえーだろ。さっさと寝ろよ、かくず」
眠そうな顔をしている癖に、それははっきりとした声だった。子供をあやすように背を何度か叩かれて、オレはぎこちなく飛段の身体に腕を回す。ああ、いつでもこいつの身体はあたたかい。
「おやすみ、かくず」
そうして静かに眠る目の前の死神は、あの忌まわしい呪縛のような記憶からオレを遠ざけるのであった。



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