07月16日(火)20時21分 の追記
そうそう、だから、まだ帰らないの。ええー!見たことないの?一回も?あっ、でもそっか、あの子達、月曜の朝しか来ないもんね。 裏の店員用の小さなドアを開けると、はしゃいだ、高めの声が聞こえてきた。 バックヤードとレジとはのれんで仕切られただけとはいえ、店員同士のお喋りには大きすぎるその声に、店内にお客さんがいないのだと分かった。 「おはよーございまーす」 まだ私服のまま、のれんを分けて顔を出す。 「おはよー」 「おはようございます」 レジと、レジのすぐ近くで品出しをしていた店員がそれぞれ、こっちに顔を向けて笑った。 一人は深夜から入っていて、もう一人は自分と同じ時間から入る予定だった。 あっちが年上で、そっちが年下。 一緒の時間に入っている時はそれなりに話せる。 付かず離れず、いや、どっちかというと離れている。そういう関係だ。
朝の六時少し前、都心部でもないコンビニの店内には、店員以外誰もいない。 「何を話してたんですか?」 制服に着替えを済ませて、品出しを手伝おうとしゃがみながら訊ねた。 「今日月曜じゃない。だから、もう上がりだけど、まだ残ってようかなって。そう言ったら、なんでですか?って訊かれちゃったの」 とあっちがそっちを指差して言った。
「知ってましたか?」 「何が?」 「ほら、いつもカップ春雨とパン買っていく二人組いるじゃない。あの子達の顔見るまでは帰りたくないって話をしたのよ」 「出た、『カップ春雨の子』、お気に入りですよね」 「見たことあるんですか?」 「月曜の朝、六時ちょい過ぎにいっつも来るの。それがまたいっつも同じもん買ってくんだから、嫌でも覚えるよ。でもそっか、早朝初めてだっけ」 「二人とも同じもの買っていくんですか?」 「一人がカップの春雨。今年出たばっかのモッツァレラチーズ味のやつ。もう一人は種類は違うけど、いつもパンだよ」 「そんなのはどうでもいいの!」 「良いんすか」 「重要なのは、二人ともが超イケメンってこと!」 「しかもタイプの違う」 「イケメン!」 「一人は活発そうな子。金髪なんだけど、全然不良って雰囲気じゃないんだ。商品渡す時、笑顔でお礼言ってくれるんだよ」 「もう一人は外ハネの子。こっちは綺麗系かな。この子も髪の色は明るくて、王子様みたいな顔してんのよ」 「あのチーズ味、超評判悪いのになんで置いてんだろうって思ってたけど、そういうことですか。他に置いてるお店、見たことないですよ」 「馬鹿、それは偶然」 「本当ですかあ?」 「たった一人のために仕入れるわけないでしょ。意外と局地的に人気あるのよ」 「つまり今日も、その子達のために残ってるんですね?わざわざ月曜に?早朝に?」 「まあね」 「ちょっと分かるかも。わざわざ残りはしないけど、見ると得した気分になるもん」 「でもまだ中学生なのよねえ」 「最初は高校生だと思ってましたよね」 「けど調べたら」 「調べたんですか!?」 「たまたまね」 「たまたまって」 「制服の校章で中学生だって分かったんだよ。ほら、テニスの強いとこあるでしょ。あそこ」 「なるほど」 「中学生であの顔って、めちゃめちゃ将来有望ですよね」 「しかも二人、すごく仲良さそうなのよねー」 「分かります。この間も、金髪の子がたたたーって走ってくのを、外ハネの子が『危ないで』ってすっごく優しそうな声で言ってて」 「良かったわよね、あれ」 「微笑ましかったですね。青春って感じで」 「その前も、金髪の子がパンのコーナーの前でしゃがみ込んでたんだけど、そこに外ハネの子が近づいてって同じようにしゃがんで、二人で何かこそこそ話してたわよ。レジにいたから遠くて内容までは聞こえなかったけど。楽しそうだったなあ」 「へえ、本当に仲良いんですね」 「そこが良いんだってば!」 「だんだん私も見たくなってきました」 「見れるよ。たぶんもうすぐ来る。そしてそれまで帰らない」 「必死すぎるう」 「だって癒しだもーん。世の中癒しが無さすぎるう」 「あはは!そういえばこの間の、彼氏の残業、解決したんですか?」 「ちょっと聞いてよ。それがさ……っあ!いらっしゃいませえー!」
「はあぁ、ねむー」 「さっきから謙也、そればっかりやな」 「何度も言うけど白石のせいやで。お前がずっとメール返しよるから」 「それは謙也も同じやん。しかも俺は最後のメール送ってから二十分も待ったんやで。謙也が寝落ちしたせいで。俺の方が眠い」 「けど俺、何回かおやすみ言うたよな?おやすみ言ったらメールって終わりとちゃうん」 「あー、眠いなあ」 「……すまん」 「謙也より二十分眠い」 「ごめんって。よっしゃ、今日は絶対、俺が最後のメールを送ったるわ」 「無理せんでええよ」 「どっちやねん、もー」
「かーわいー」 三人の囁きが重なった。
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