07月11日(木)21時20分 の追記


これとリンクしてます。


三連盟の中で怖れられている仕事と言えば幹事だ。
中でも三つのサークルにそれぞれ振り分けられた、『新入生歓迎会』『忘年会』『学園祭打ち上げ』の幹事は、最も怖れられている仕事ナンバースリーだった。順不同。

なにしろ三連盟は人数が多い。
開催のお知らせはメーリングリストに文字を打ち込めば完了するが、出席の連絡はそうはいかない。
メーリングリストにはボタンをクリックするだけの便利な『出席』『欠席』システムもあるが、実際には使えない。
なぜなら一度使った時、「うっかり手が滑って出席を押した」「欠席を押したはずなのにおかしい」と言って、会費回収の締切日になって逃げる奴らがいたからだ。
そのため連絡はメールで行われる。
出席者のみ幹事に『氏名、学籍番号、初めて飼ったペットの種類』を送る。
幹事は折り返し、本当に出席するかどうかの意思確認をする。
ふざけて誰かの名前を語って参加を表明する奴がいるからだ。
折り返しのメールが送れないことは少なくない。
ペットの種類は当日の合言葉だ。
ふざけた偽物の紛れ込み防止のため。
備えすぎるということはない。
大学サークルはふざけたことのオン・パレードだ。

このメール連絡だけでも大変だ。
なにしろ人数が多い。
開催当日まで、幹事の携帯は朝も夜も鳴りっぱなしだ。
去年の打ち上げの幹事を担当した白石は、その後一週間、振動音の耳鳴りが続いたと笑っていた。
笑えない。
加えて、会費の徴収、会場の手配、店側との交渉、当日の参加者の確認、押し寄せてくる全く関係の無いサークルやOBの追い返し。
とにかく面倒だし大変だ。
さらに幹事は決まって二年生の仕事で、次の年のそれぞれの会長候補者にやらせるしきたりになっていた。
だから白石がやって来て、学園祭打ち上げの幹事を頼んできた日は、財前にとって人生で二番目に最低の夜になった。
言わずもがな、一番は打ち上げ当日の夜だ。


結果から言うと、打ち上げは最悪だった。財前にとっては。
まずスタートが悪かった。
秘密裏に決めたはずの集合場所に、OBのヒラゼンとハラテツの姿があった。
この時点でもう無事に終わるはずがないと、財前は覚悟した。
それでもなんとか一次会は終了した。
しかし何人かの犠牲者を放って行った二次会の会場で、『世界軟体動物愛好会』とはち合わせてしまった。
本人達は、たまたま偶然場所が被った、と主張したが、絶対わざとに決まっている。
このサークルはただ、調理室でタコを焼いたりクラゲを干したりおっぱいプリンを食べているだけのくせに、今年は50人以上の一年生を獲得して大型サークルになった。
実は以前、騙されるような形で財前も所属していた。
けれど活動内容を「きもいっすわ」の一言で一刀両断し、いつの間にか払わされていた去年分の会費を当然の権利を主張し強奪した。
それを根に持って、会場を合わせてきたに決まっている。
じゃなきゃ、乾杯の五秒後に囲まれて、しこたま呑まされるはずがなかった。

頭がぐらぐらする。……フリをしている。
実際に酔ってはいるけど、まだ限界じゃない。
でもそうと知られれば最後、また大量に呑まされる。
潰れたフリ。潰れたフリ。

目の前のどんぶりには、濁った色の液体が入っていた。
たぶん、エチル・アルコールお茶漬け風味。
水面に漂流した船のようにご飯粒が浮いている。
財前はテーブルに組んだ腕に顎を乗せ、目線を周りに動かした。
座敷の半分より向こうで寝転がっている集団は、五秒で財前の元に飛んできたおっぱい信者達だ。きもいっすわ。
そうじゃないのもいる。
漂流者の山。死んではいないから問題ない。
テーブルの向かいでは、白石と金色が謎の呪文を唱えながら、火の消えた鍋に、謎の液体を混ぜている。
そこに白ワインを入れようとした一氏の手を、金色が掴んで思いっきり傾けた。
ばしゃん、と中身が一氏の顔にかかった。
「トウメイナモノダケ!」
金色は謎の呪文を繰り返した。

真横では謙也が楽しそうに喋っている。
というか、財前がこの席に着いてからずっと喋っていた。
上半身を、あっちにふらふら、こっちにゆらゆら、落ち着きなく揺らしている。
財前の頭の中が揺れている可能性もあった。
一度も相槌を打っていなかったし、実際にほとんど聞いていなかったが、謙也はまだ機嫌良さそうに話している。
酔っぱらっているから口が開き切らないのか、舌足らずだ。
話を聞いてはいなかったけど、それだけは分かっていた。
「せやからあ、ひかるうにはあ、ごほうびあげんとお」
謙也がひと際大きな声で言った。
頭に、ぐわん、と響いた。
脳に伝わった総ひらがなの言葉を理解するのに十数秒かかった。
「なんでっすか」
思っていたより冷めた、いつも通りの声が自分の口から出たことに、財前は安心する。
「はああ?おっまえきいてなかっちゃろ」
「なかっちゃろ」
「おまえがあ、かんじめちゃめちゃがんばってたからごほうびをなあ、おれがあ」
「なんすか、金でもくれるんすか」
と、期待せずに手のひらを出す。
「んーん」
謙也が首を振る。
そしてがばっと両手を広げた。
「ごほうびのちゅーれす!」
と叫ぶと、きつく抱きしめ、ちゅっと唇を合わせてきた。
正確には、ぶちゅーっと唇を食われた。
どよめきが起こり、すぐにシャッター音がいくつも聞こえた。
唇が離れた。
周りの囃し立てる声がこだまする。
財前は、チューを撮ったと思われる誰かの手からスマホを引ったくり、鍋に放り投げた。
白石が叫んだ。「トウメイナモノダケ!」
目の前では、謙也が子どもっぽい顔で、へらあ、と笑っている。
全然かわいくない。
「うおえええええ!」
財前はえづき。吐く真似をした。
「きもいっすわ!」
唇をごしごしと擦る。
「どうしてくれるんすか!謙也さんのせいで吐きそう!」
「ええ?」
謙也はまだ笑っている。
「トイレ」
と言って、財前はその腕を掴んだ。
反対の手で自分と謙也の荷物を取る。
謙也は何も言わずについてくる。
「しっかり吐かせろよ!」
座敷を横切ると、また誰かの囃す声が追ってきた。

店のトイレをあっさり通り過ぎたところで、ようやく謙也が声を上げた。
「トイレは?」
「行きませんよ」
「吐き気収まったん?」
「そんなん最初からありません」
財前は乱暴な口調で言った。
はい、と謙也のリュックを渡す。
「おおきに……」
間の抜けた声だった。
腕を離し、レジを過ぎ、店の外に出ても、謙也はちゃんとついてきていた。
午前三時の新宿にまともな思考と判断力を持った人間は一人もいないんじゃないか。
財前は立ち止まり、後ろでふらふらとしている謙也を見た。
謙也も潤んだ瞳でこちらを見てくる。酔っ払い。
本当は、ちょっとはフリも入っているはず。
「……帰る?」
「そうっすね。俺んちに二人で帰りますね」
謙也は潤んだ目を大きく見開いた。
「俺めちゃめちゃ頑張ったんすよね」
財前は確認する。
さっき謙也が言ったのだ。
謙也は頷いた。
「やったら、もっとご褒美ください」
そう言って、今度は期待して手のひらを差し出す。
謙也はその手をじっと見ると、また、へらあ、と心底安心したみたいな顔をした。
ぎゅ、と手を握られる。
近くで携帯をいじっていた派手なワンピースを着た二人組の目線がこっちを見たが、すぐに興味無さげにそれていった。
午前三時の新宿に正常な思考と判断力を持った人間は一人もいない。
財前は謙也と手を繋いだまま、自宅マンションへと歩き出した。

こうして財前の最低の夜は終わった。
数時間後、最高の朝を迎えたのは言うまでもない。
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